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埼玉県南東部広域洪水ハザードマップ(長さん)

 最近、埼玉県南東部広域洪水ハザードマップ作成協議会が作成し
た、その地域の「洪水ハザードマップ」を入手した。これには、関
東南東部を流れる利根川、江戸川、中川等が氾濫したと想定した
ケースの、水没地域の予想や、水深等が地図に表示されている。

言うまでも無い事だが、これは、中世の武家等の屋敷の位置を絞り
込むのに、有用な情報である。

すなわち、現在では河川の氾濫は、よほどの事が無いと起こらない
ので、広い範囲に住宅が広がっているのであるが、中世のように、
堤防がいまより、ずっと軟弱に時代には、水没しにくい高台に、
武家の屋敷があったと、容易に推定できるからである。
 さらに、地図を入れた冊子には、水没地点だけでなくて、各地の
標高も示された、図が載っている。これをみると、埼玉県南東部の
場合、最も標高の低い地域が、新方川を中心に、谷間を形成してい
る事が良くわかる。

この谷間は、鎌倉時代や南北朝時代には、農耕に適さない、湿地で、
人そのものが、ほとんど住居を作っていなかっただろうと、想像で
きる。

つまり、新方川を挟んで、西側を有名な武蔵七党等の武蔵武士が、
東側を下河辺氏等、小山氏の関連一族や、のちには、金沢北条氏が
勢力圏内としており、東側にたとえば下河辺行光も、屋敷や仮陣屋
等を、作っていればそこの中の、比較的高台の場所だろうと、容易
に推定できるという事である。
 そこで今度は、洪水マップを見てみると、埼玉県北葛飾郡松伏町
の、現在の中心部、”松伏”は、比較的水没しにくい高台である事
が判る。従って、土砂を運んで、近年に高台にしたので無ければ、
この辺りが、下河辺行光の屋敷の候補としては、最も有力なように、
私には見える。また、屋敷位置定説での松伏町下赤岩、私の注目し
ている、吉川市須賀や川藤榎戸も、少し、ましな場所である。更に、
松伏町松伏より、古利根川の上流に向かって、少し高台の地域が続
いており、松伏町大川戸も、他の地域より少し洪水しにくい事が判
る。
 さて、この洪水マップで、オリジナルとみられる埼玉県南東部の
洪水予想の示されている広域地図には、どういうわけか、昔の字名
も載っていて、遺跡位置を推定しようとしている者には、すこぶる
ありがたい。たとえば、松伏町下赤岩の所には、なんと「屋敷附」
と、太く明確に書かれている。
 そしてそのおかげで私は、次の重大な事に気がついた。

この界隈には、もう一箇所、字「屋敷」があり、私はそこの調査を
していなかった。つまりその場所とは、埼玉県越谷市船渡で、埼玉
県北葛飾郡松伏町大川戸と、古利根川を挟んで隣り合っているのだ
が、ここも比較的高台なのである。

古利根川の西側は、既に述べたように、船渡より少し下流・南側の
埼玉県越谷市向畑からしか見たことは無かった。そこで、埼玉県
越谷市船渡の字屋敷付近も何れ、チェックしてみるべきであると、
防災地図を見て、初めて私は気がついたのである。(2017/03/04)
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