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半澤敏郎著「童遊文化史(第2巻)」の大将棋解説の謎(長さん)

 最近1980年に東京堂書店より出版された、表題の著書を読み、
あれっと思った事がある。この著書は江戸時代の古文書等に基づいて
将棋の内容を記載した部分がある。それによると、

江戸時代の以下の古文書には、大将棋は広将棋の類

と、書かれていると言うのである。古文書として、倭訓栞、益軒全集
の嬉戯具の和爾雅を、この本では挙げている。むろん、この本にも解
説されているが、広将棋は先哲叢談に記載のように、荻生徂徠が作っ
たとされる、19×19路、180枚制の将棋の事であるし、大将棋
も、水無瀬兼成の将棋部類抄によれば、15×15升目と、前者とは
升目数も違う、15×15升目130枚制の将棋等である。
 しかしここで問題なのは、倭訓栞、和爾雅の著者が「広将棋と大将
棋を同一視した背景」である。我々に残された文献からは、異制庭訓
往来の、「多い物」将棋の数を升目数と解釈し、その数が361に近
いと表現しているととって、多い将棋を大将棋と解釈すれば、荻生徂
徠の広将棋と、”大”将棋は結びつくのだが、異制庭訓往来「多い将
棋」を「大将棋」と解釈するというのが、同一視する根拠のすべてだ
ったというのも、何か変なのではないかと、私は思っているのである。

恐らく大将棋を、”本来は”、19×19升目制のゲームであるとす
る、何んらかの根拠が、上に述べた文献が書かれた頃には、まだ記憶
が失われずに、別に存在していたのではないのだろうか。

まるで、三日月の地球照だけを見て、地球の性質を推し量るような話
ではあるが、上の倭訓栞や和爾雅の記載には、現在の我々の知らない、
大将棋に関する遊戯史上の情報がなにか、まだ隠れているような気が、
私にはどうしてもして、ならないのである。(2017/03/15)

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