So-net無料ブログ作成
検索選択

茨城県古河市古河公方別邸跡総合公園付近のチェック(長さん)

2017年5月2日、下河辺荘では、最後に残った主な調査地
である、茨城県古河市古河公方別邸跡周辺チェックを、ざっと
だが行った。
 東武スカイツリーラインの新古河駅のある、埼玉県の現在は
加須市、旧北川辺町の向古河より、三国橋で渡良瀬川を、古河市
市街方面に渡り、茨城県古河市桜町に入り、同古河市長谷町付近
を南下した。だいぶん開けたところであり、遺物の散乱はなかっ
た。ほどなく新三国橋からの茨城県の県道354号線の交差点、
古河市牧野地に達し、古河公方別邸跡のある、古河市総合公園に
到着した。公園内で、古河別邸跡の建て看板を確認した。公園
内は整備されていて、ゴミや遺物の散乱はなかった。
 次いで別邸から南に下り、古河市駒ケ崎付近を見た。この
あたりは畑だが、公園の続きのような所で、だいぶん整地され
ていた。特に、地面の表面には何も無いようだ。更に南下し、
古河市鳥喰を行くと利根川が右側に見え、更にしばらく行くと、
JR宇都宮線のガード下に達した。このへんはさほど開けては
いないが、遺物は散乱していない。
 宇都宮線のガード下から少し行くと、古河市中田に利根川橋
が架かっており、それを渡って、埼玉県現在の久喜市、旧栗橋
町の栗橋北に入った。橋の土手を下った所に、栗橋の香取神社
があり、神社脇の土手下で、

遺跡の発掘をしていた。遺跡名は”栗橋宿西本陣跡”という名
称との事で、近世を中心とする、宿場の跡との事である。遺物
が現場に置いてあったが、瀬戸物の茶碗が多いようであった。
なお、井戸跡の曲げ物のような箇所もあり、木製遺品の出土も、
一応期待できる遺跡のようであった。

遺物は全体として、寺の庭先に良くある模様の、瀬戸の茶碗が、
目立つので、他に瓦の破片も幾らかあったので、最初私は、香
取神社の昔の場所の、発掘かとも思った。が看板の名称から、
民家の旅籠の跡のようであった。昔の民家の遺品は、たいてい
どれも、現在の我々から見ると古風であり、寺の備品のように、
見えるもののようであった。なお、これらは地面から数十セン
チの、比較的浅い所で、遺物は出土しているようである。
 そこで試しに、周辺の地面そのものを、私は探してみた。
時代は不明だが陶器の破片が、香取神社周辺には少しある。
神社や寺の近くで、瓦や陶器があるような所は、地下に何かあ
ると見て間違いない場所だと、再確認できた。
 しばらく遺跡の発掘を見物したあと、北栗橋を少し行くと、
ほどなくJR宇都宮線等の通っている、栗橋駅のある埼玉県久
喜市栗橋中央に到達した。今回の調査は、一応ここまでとした。
栗橋駅前に、源義経関連の静御前の墓が有ったが、開けて特に、
何も有りそうも無いため、そこは通り過ぎた。
今の所、めぼしい成果は特に上がっていないと認識するが、
以上で、下河辺荘全体は、一応全部見て回った事になったと考
えている。(2017/05/03)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL: