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中国の古星座、星名と玄怪録の将棋類似物語の駒名と疑われる名称(長さん)

前々回、玄怪録の将棋類似物語で、軍隊名を指すと見られる、金象将軍の軍
と、天那国の軍のうちの後者は、中国の古星座名称風であると述べた。なお、
”那”という国なら、中国の四川省に、実際にあったらしい。そこでその後、
疑駒名称の方も、中国古代の星座名ではないかと、疑ってみた。それで中国の
宋の時代の星座で、唐代から、ほとんど変化しなかっただろうと、成書で解説
してあるリストを調べた所、輜車座という星座は見当たらなかったが、六甲座
というのは、存在する事が判った。平凡社、薮内清先生の著書で「中国の天文
歴法」1969年発行の、第一部・第五章に載っている。それによると、
六甲座は、ケフェウス座の44番星のあたりを指すらしい。すると残りは、
天馬と上将であるが、天馬は最初から、私は探さなかった。唐代にはシルク
ロードが発達していたので、西洋の星座が、中国にも伝来していたはずで、
天馬は、西洋星座のペガスス座と同じに違いないと、私は最初から考えたから
である。
 問題は上将で、星座には存在し無い事が判った。恐らく薮内先生の著書を調
べなくても、webの情報で、この辺りまでなら、誰でもわかるだろうと思う。
そこで、上将についてだが、

上将は星座名ではなくて、中国では星の固有名称である。右垣墻座と左垣墻座
に一つづつ、計2つあり、しし座シグマ星と、かんむり座42番星

の事とのようである。上将は中国で一般によく使われる、宮中の役職名称なの
であろう。玄怪録の著者は、中国人でかつ、王朝官僚の中に居る人物なため、
中国古代王朝の官職名で、中国古代の星座や、星の固有名にも共通する名を、
玄怪録の将棋類似物語の、駒名と疑われるものに、使用しているようである。
 それに対し、モデルになった、雲南省、当時の南詔国は、漢民族とは別の民
族の国家であるから、恐らく

将駒に、上将という名称は使用しない

のではないか。よってやはり、前々回の結論のように、南詔国8~9世紀頃の
将棋の将駒は、金将、銀将、象将の方が、金将、上将、象将に比べて、より、
もっともらしそうだと、私には以上のように、結論された。つまり”上将”は、
物語の中で、玄怪録の作者が、たまたま象将に音が近いため、使っただけだっ
たのであろう。(2017/07/28)

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