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酔象が、他の将棋駒に比べて、伝来が遅い根拠(長さん)

前々回述べたように、本来、原始平安小将棋の伝来と、同時に日本に紹介
されるはずだった、8×8升目32枚制大理国小将棋に、”含まれる”象は、
西暦1010年代前後には伝来せず、1050年代の興福寺に於いて、使用
されたと私は推定した。西暦1010年代頃に、他の駒と、いっしょに来な
かった理由は、私によると、貴金属写実将棋駒を特徴とする、藤原摂関用の
贈答品を、より目立たせるために、純銀製の、銀将を棋士の一方に1個から
2個に、増加させる為等という事である。その結果、本来上記の大理国
小将棋に、片方に1個有った象駒は、削除されて、1010年頃には伝来
しなかった。

 しかし遅くとも40年程度後に日本でも、恐らく中国の文献等を介して、
大理国小将棋の本来の駒の構成が伝わったため、1058年頃の、興福寺
出土駒に、酔象が含まれるという、仮説になった。

 さて以上の仮説は、藤原摂関用の、黄金の将棋具が出土していないため、
あるいは、そこに酔象が存在しないという証明には、なっていないのでは
ないか、考える向きもあるかもしれない。しかし、私は藤原摂関用の原始
平安小将棋遊戯具に、象は確かに無いと思う。根拠は、

桂馬、香車の、”桂””香”という修飾詞の系統とは明らかに違う”酔”
が使用されている

ためである。桂や香は、桂製将棋盤そのものと、その性質という点で共通
である。しかし、その香りで酒のように酔うという話は無い。桂は、たと
えば葉が、醤油の良いにおいと表現されるから、醤油で酒酔いはしない。
また逆に酔から辿ると、酔うというのは飲酒を連想し、これは、仏教の戒
律違反行為である。しかし、桂や香に、仏教の戒律違反を連想させる意味
はない。たとえば、香は、逆に、それを用いるのは、仏教では推奨される
行為であるから、類語にならない。むしろ反対語である。
つまり、

桂、香という修飾詞と、酔という修飾詞は互いに、明らかに別の時点でか
つ、たとえば九州大宰府と奈良の興福寺というように、全く別の場所で、
命名に使われた文字

である。なお、象という駒に付ける修飾詞として、酔以外が考えにくい、
特別な事情があるなら、九州大宰府の武士が、酒に酔いながら将棋を指して、
その勢いで、象に、酔象という修飾詞を付ける事も、考えられなくは無い
とは思う。そこで、将棋盤の桂の木の芳香に感動した、大宰府国境警備の
武家が、仮に象駒も、そこに存在したとすれば、”酔”以外に、単語が無
いのかどうか、さいきん一応考えてみた。webを調査したところ、結論
を書くと、

象が馬、車といっしょに伝来したとすると、緋象という名称にする可能性
も有る

と私は思う。これは、桂板に緋桂と青桂という2種類があり、前者の方が
柾目の板で高級品だと、net上に公開されているためである。なお、緋
色は、官位が成立した時代から有り、平安時代後期なら、緋桂板の概念も、
日本に桂の木があるため、存在しただろうと私は今の所、考えている。
なお、桂の木は日本が著名だが、中国にも自生が少数あると、専門書で
別途確認した。中国の桂の木は、葉の裏に毛があるので、日本の桂の木と
は、違いが少しあるらしい。少なくとも、中国産の桂の木を良く探せば、
緋桂板の将棋盤は、中国でも、作れ無い事は無いと、私は思う。
 以上のように、現実には馬と車駒の2種だったので、大宰府将棋対局場
の盛り上げ言葉は、実際には「将棋盤の高級桂は良い香り~」だったのだ
ろうが、仮に象、馬、車の3種だったら、これが、

「将棋盤の高級”緋”桂は良い香り~」

と、少し変化したのではなかろうか。
つまり、

象駒には酔だけでなく、緋という修飾詞も考える事が可能なわけだから、
伝来将棋道具をほめている流れの中で、それとは関連の薄い、仏教の戒律
関連の内容を入り込ませる可能性は、かなり薄い

のではないかと、私はやはり考えるのである。(2017/07/31)

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