So-net無料ブログ作成
検索選択

下河辺荘、埼玉県幸手町神扇地区付近のチェック(長さん)

前回に続いて、下川辺行平の館関連、下河辺荘野方の今回は、
埼玉県幸手市権現堂付近から、東南に進んで幸手市神扇、
そこから西に進んで、栄町をへて、埼玉県北葛飾郡杉戸町の
高野台東へ出て、東武スカイツリーラインの杉戸高野台駅付近
までの、幸手市平須賀~神扇付近を中心とする調査を行った。
以前地図チェックした所では、茨城県結城郡五霞町原宿台
から南は、埼玉県北葛飾郡杉戸町鷲巣まで、城や館を連想さ
せる、道路付きの場所は無いと見ていたのだが、その後、
埼玉県幸手市平須賀付近の、”弧状の道路の続き方”が、隣の
同じく幸手市神扇付近に、城山があるかのように、一見すると
私には見えたため、一度行ってみようと思い、ここへ行った。
なお、ここは、埼玉県北葛飾郡杉戸町の目沼~宮前~鷲巣から
みると、5km程度西北西の場所で、事実上隣同士といえる。
 まず、前回に引き続いて、茨城県五霞町土与部から上船渡
橋を渡って幸手市北三丁目に入り、幸手市御堂、幸手市権現堂、
幸手市上吉羽と埼玉県の県道371号線沿いに歩いた。開け
ていて、ここでは遺物は特に見つからなかった。
 次に幸手市神明内で、県道を離れ、浄誓寺付近を通って南下
した。住宅を壊した所に、瓦が散乱していたが、遺物はここに
もほとんど無かった。浄誓寺で、平将門の首塚を見た。寺の
境内は整備されていて、他には普通の墓以外、特に何も遺物は
見つからなかった。ほどなく、高速道路の圏央道の、幸手
インターチェンジに達した。
 この付近を、幸手駅前から東南東に延びている幹線道路
が、神扇橋まで続いていて、神扇橋の付近に、幸手市神扇の
小さな集落があって、その中に、神扇の天神神社というのが
あったので、その神社を見てみた。西暦1400年頃の創建で、
割合古いが、さほど大きくなく、貝殻を3~4枚見つけたが、
貝塚なのかどうかは、良くわからなかった。なお、私が城山を
期待した幸手市神扇の少なくとも西側は、圏央道幸手インター
チェンジ付近の、開発のための造成地となっており、土砂を入
れて整地が終わっていて、すっかり遺物は片付けられていた。
 そこから西にターンして、平須賀一丁目へ行き、宝聖寺に
達した。平須賀一丁目付近は、見渡す限りの田で、4月も末
のため、水が入っていた。宝聖寺には、寺の看板によると、
弘法大師の秘宝等、幾つかの宝物が有るという事だったが、
整備されていて、一見して何も無さそうだったので、そのま
ま通り過ぎた。
 そこから、幸手市栄付近までは、畑だったが、遺物は無い
ようだった。幸手市栄に入ると、新興住宅地となって開け、
そのまま、幸手市から、埼玉県北葛飾郡杉戸町高野台東に達
し、ほどなく、東武スカイツリーラインの杉戸高野台駅前に、
到達した。
 以上のように、今回も、埼玉県幸手町神扇~平須賀付近は
どうやらもともとは窪地だったようで、城跡のようなものは、
発見できなかった。これで、この東南東の埼玉県北葛飾郡
杉戸町鷲巣付近とみられる、下河辺荘鷲巣郷付近と、五霞町
元栗橋付近までは繋がったため、残る未確認地点は、本当に
茨城県古河市の古河城付近だけになったと、認識している。
(2017/05/02)