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大きかった川西「奔横駒」の発見(長さん)

 現在、いわゆる大将棋として、以下の2種類の昔の
日本の将棋種が知られるというのが定説である。西暦
1100年ころ作られたと見られる、二中歴に記載さ
れた13×13升目駒68枚制の平安大将棋と、安土
桃山時代の将棋研究家で将棋駒作者、水無瀬兼成の、
将棋部類抄が元ネタの、15×15升目・駒130枚
制の後期大将棋である。前者は自陣が3段が定説、
人によっては4段かもしれないとされ、後者は自陣が
5段で、駒数が2倍近く大きく違うため、「関連性は
ある」と増川宏一氏に、当初から指摘はされたものの、
「後者が前者の進化で得られた物」と言う考えは、
川西駒の発見の以前には、少なくとも定説とは、誰に
も見なされてはいなかった。しかし、

 以下私見であるが。徳島県の川西遺跡より発見され
た「本横駒」と発表されたものは、将棋史の研究家
で、将棋駒の収集や作者としても著名な、熊沢良尊氏
が指摘したように、正しくは「奔横」であり、後期大
将棋が平安大将棋の、進化の結果得られた後継ゲーム
である事を示す、現時点では唯一の最重要な物的証拠
であると、私は考えている。

 なお、既に増川宏一氏は、最近改定した彼の、「も
のと人間の文化史 将棋Ⅰ」で、「本横駒は、正しく
は奔横駒であり、これは奔王駒の別称である」との旨
述べておられる。この点私見では「別称」は「古称」
が正しいという点を除いて、その他の観点については、
増川氏の言う通りであると私も考える。
 更に以下も私見で誠に恐縮であるが、この奔横駒は、
平安大将棋と後期大将棋の間の時代で、川西遺跡の時
代とされている、鎌倉時代中期の、これら二種類の
大将棋の進化の中間に位置する、未発見の大将棋類の
ゲーム用の駒の一枚と私は考える。
 この駒が何なのかは、平安大将棋の配列に関して少
数意見の、四段組モデルを出発点にして考えたほうが、
いくぶん判りやすいかもしれない。四段組モデルで
「横行の位置が中央3段目」との既説は、実は間違い
であり、そのすぐ後ろの升目で、玉(王)将の前の、
2段目の中央に、もともと横行があると考えるのが正
しいと修正した上で、その前の3段目中央の升目に、
川西奔横駒を足した、未知の3つ目の大将棋が有った
と考えれば私の説になる。なお厳密には、飛龍の位置
の平安大将棋四段組み説の議論ついては、未だ不確定
とすべきだと、私は思っている。
 つまり、この3つ目の鎌倉時代中期の大将棋では、
平安大将棋の端列で1段目、2段目に香車、奔車と
配置されていたのと同じパターンで、中央列で
2段目、3段目に横行、奔横と配列されていたと、
私は考える。
 そしてこの奔横は、15×15升目の後期大将棋
の4段目、歩兵すぐ下の段が、中央から順に全部走り
駒で、奔王、龍王、龍馬、角行、竪行、横行、飛龍、
飛車と配列される時代の、いわば先駆けであり、奔横
はこの走り駒に関して、飛龍を除けば最初に、歩兵の
すぐ下の段の、このケースは中央列に、新たに配置さ
れた、奔王相当の駒と私は考える。更に、

鎌倉中期の大将棋では、玉(王)将の前に横行がまだ、
中央に配列されており、後期大将棋のように、猫叉の
いる端より3列目の4段目に移動していなかったため、
奔横は玉(王)の2段上であると同時に、平安大将棋
時代と同じく横行の、すぐ前に位置した事となり、
これから「奔横」と呼ばれ、横行が中央列から3列目
に、後日更に大将棋ゲームが進化して移動したときに、
「奔王」に名称を変更したという経緯の、”奔王の
古称”なのだと私は考える。

 なお鎌倉時代中期の仮説的な大将棋において、奔横
がどのような動きのルールだったのかについては、私
には良くわからない。あるいは奔王と、その時点で既
に同じだったのかもしれないし、平安大将棋の横行よ
りは強いものの、「八方走り」では、あるいは無かっ
たのかもしれないとは思う。
いずれにしても「平安大将棋の横行の、すぐ前の升目
に配列されると同時に、後の奔王相当駒」を連想させ
る、川西「奔横(行)」駒の発見は、スカスカの平安
大将棋四段配列説の空いた升目に、後期大将棋には有
って、平安大将棋には無い駒を、それらしく足してゆ
けば、平安大将棋から後期大将棋へ、連続的に変わる
中間形が、随時作れるかもしれないというイメージを、
ぼんやりだったとしても、初めて作り出したと言う点
で、この将棋駒の2011年の発掘は、奇跡の大成果
の一つだったと、今でも私には、しみじみ思い出され
るのである。(2016/11/21)

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df233285

奔横駒の出土年の訂正(長さん)

本文の最後の方で、川西遺跡で奔横駒の発見年を
2011年と書いていますが、

その2年前の2009年年初が正しいです。

謹んでお詫びし、訂正いたします。
by df233285 (2016-11-21 14:44) 

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