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水無瀬兼成の将棋部類抄(象棊纂圖部類抄)と大将棋史(長さん)

 15×15升目制後期大将棋には、縦横と斜めの駒の動かし
方について、それらを逆にすると、別の種類の駒でペアーをつ
くる組み合わせが幾つかある。ここでは、それらが水無瀬の象
棋図(以下将棋部類抄と記す、正しくは「象棊纂圖部類抄」
である)で、

どのように、記載が分布しているかを調べ、各将棋の初期配置
と駒の動かし方の点入りの図を、各将棋種について作成した
著者自らが、後期大将棋を大将棋の代表と、心の奥底で本当
に考えていたのかどうかを、以下で意地悪くチェックして
みようと考える。

ここで将棋部類抄を選んでいるのは、作成時代として、
普通唱導集の大将棋の記載の時代に、一番近い、より後の、
まとまった文献だからである。
 ちなみに、後期大将棋につき、そのペアーを具体的に示すと、
龍王と龍馬、飛車と角行、竪行と横行、嗔猪と猫又、そして
麒麟と鳳凰、飛龍と猛牛の概ね6つのペアーである。
なお、前回私が提案した、104枚制、13×13升目制、
私の示した普通唱導集大将棋では、
上のペアーのうち、嗔猪と猫又で猫又が無く、より大切
な点は

飛龍と猛牛で、猛牛が無い事である。

ここでは、将棋部類抄の記載で図面以外で、一文程度で示
されている、駒種の説明箇所の分布を問題にする。たとえば、
そこには嗔猪も猫又も出てこないので、2つのモデルの
うちどちらが優位なのかは、嗔猪と猫又のペアーでは、
判断できない。
また、龍王と龍馬のペアーは一連の説明が、中将棋の図の後
にあり、どちらのモデルでも良く会う。ついでに、金剛と
力士、鉤行と摩羯(正しくは魚偏)の説明が、続きで摩訶大
大将棋口伝部の後に出てきており、将棋部類抄の著者に、
ペアーの片方だけを説明して、残りを省略する癖が、特には
無いと結論できると考える。

そこで、その分布を、具体的に見ると以下のようになる。
麒麟と鳳凰
麒鳳-1)中将棋の図の後で、「鳳凰の斜め動きは、飛龍
  の動きではない」との記載があるが、「麒麟の縦横動
  きは、猛牛の動きではない。」という記載は現れない。
  (非対称)
麒鳳-2)中将棋の図の後で、「鳳凰・仲人等には中将棋
  の中のそれと、大将棋の中のそれとの間で、動きのルー
  ルに変化が無いケースがある。」との旨の記載がある
  が、この中に麒麟が出てこない。(非対称)
麒鳳-3)泰将棋の図の後で、「摩訶大大将棋の小駒の成り
  に奔をつけて作るケースがあるが、その動きは、走りで
  あって、麒麟・鳳凰のよう(少なくとも鳳凰は跳越え)
  ではない」という旨の記載があり、この中には
  麒麟・鳳凰が両方現れる。(対称的)

飛龍と猛牛
龍牛-1)麒鳳-1)に示したように、飛龍が鳳凰とは斜め
  動きが違うことが述べられているが、猛牛と麒麟とを、
  比較した文が近い箇所に無い。(非対称)
龍牛-2)摩訶大大将棋口伝部後で、「驢馬の前後動きが、
  猛牛の前後動きと同じ、2目限定踊りである。」事を
  述べているのに、おなじ摩訶大大将棋の図
  から見て、たとえば「夜叉の斜め動きが、飛龍の斜め
  動きと同じ、2目限定踊りである。」との説明が、
  有ってもよさそうなのに、それが無い。(非対称)

結果からみると、3例、2例で母集団が少ないため、確定
とまでは行かないが、飛龍と猛牛は後期大将棋で、配置が
接している事も加味して、ペアー対の認識が妙に低く、
麒麟と鳳凰も、強く対称性を意識しているのかどうか、
疑わしいと私には感じられる。
 特に飛龍と猛牛のペアーのケースについては、

大将棋に猛牛が無かった時代が、安土桃山時代を起点に
して、比較的その時代の近くまで続いていた事を示唆して
いる

と私は疑う。つまり長く見積もっても、西暦1300年
程度から、ずっと大将棋が、15×15升目の130制
後期大将棋だったという事はなく、飛龍が有って、猛牛
が無く、かつ、その飛龍もひょっとすると1300年頃
は角行の動きであって、「2升目だけ踊り」と表現され
る動きではなく、その記憶が将棋部類抄(象棊纂圖部類抄)
の元著者にまで、痕跡として残っている証拠なのではない
かと、私が疑っているという事だ。それに対して、

104枚制、13×13升目制の、私が前回示した
普通唱導集大将棋では、特に、飛龍、猛牛の説明が出て
くる箇所の分布のパターンが、15×15升目制後期
大将棋より、良くあっていると思う。

それに対して麒麟と鳳凰の非対称性については、引き
分けであり、不思議であって、私の示したモデルでも、
補足説明が要りそうだ。
これについては、「踊り」という駒の動かし方を
発明した時点で、「正行度駒の踊り」が存在しなかった
のではないかと、私は仮定する。「不正行度駒
の踊り」、具体的には「歩む動きの天狗踊り」だけが、
存在し、それが踊りの起源だったのではないかという事
である。
 更に、踊り駒は、最初期には、獅子は別として、
麒麟も踊りであり、かつ、踊り駒はこの2種類のみ。
そのため結局、104枚制13×13升目の大将棋では、
麒麟と成り麒麟の獅子の、駒一枚だけが踊り駒だったと、
私は断定する。そしてさらに、

 麒麟は西暦1300年の頃、動かし方のルールが、
「平安大将棋の猛虎の2歩動き」と表現された

と私は考える。なお、獅子の踊りは、

 最初期には、不正行度1~2升目踊り、では厳密
には無く、「玉将の2歩動き(自駒は、跳びこせない)」

と、少し弱く表現されていたのではないかと疑う。
「踊り」の言葉の辞書的意味に、”現在一般に、獅子の
ルールを元に、それと矛盾が起こらないように、推定
されている「踊り」”の定義=「自他駒共決まった行度
で跳び越えて、他駒だけ排除できる」よりも、”踊りの
定義”自体が、むしろ「同じパターンを繰り返す」と
いう、辞書的意味に近かったのではないかと、言う事で
ある。

それに対し、鳳凰もほぼ同時期に、麒麟の縦横と
斜めとをひっくり返して作られたが、その斜めの動
きは、同じ動きの2歩では、表現できなかった。
そのため、104枚制13×13升目の大将棋でも、
鳳凰は斜めは2升目先に、跳び越えだった。跳び越え
は、踊りとは完全に違うから、成りが考えられたとき
にも、獅子並みに強い駒であって、踊りの要素が無い
走り駒の奔王が、鳳凰には選択されたのだと私は
推定する。
 そのため、縦横と斜めが入れ替えの麒麟と鳳凰は、
当初は、似ていても踊り駒と、跳び越え駒の別々に
分類され、麒麟の縦横動きが跳び越えで無かった為、

将棋部類抄には、元々の動きのルールでは記載に
矛盾が起こる場合には、(恐らく昔の記憶が当時の
著者の頭の中に残っており、それとなく)記載を
しなかったのではないか

と、私は疑う。そう考えると、
麒鳳-1)は、麒麟が元々は、不正行度踊り、猛牛は正行度
  踊りと違うが、どちらも踊り駒の類には含まれるため、
  「別(種族)」とは、書きづらくなって省略。
麒鳳-2)普通唱導集時代の別の13升目の大将棋を大将棋
  の本当の代表だと心の中で思い出すと、中将棋の麒麟が
  跳び駒で、普通唱導集時代の麒麟が、不正行度踊り駒で
  あるため、鳳凰、仲人と、同列にしにくくなり省略。
麒鳳-3)古い時代の麒麟は踊り、鳳凰は跳びだが、摩訶
  大大将棋の奔付き成り小駒は、走りだから、この部分は
  どちらにしても合っていて並べて記載。

で、つじつまが合っているように、私には思える。
つまりは猛牛が無かっただけでなく、飛龍が正行度の踊り駒
で無く、更にはまた、猛虎の動きを2回繰り返す
麒麟という、たった一枚の駒が、踊り駒の起源である事が、
水無瀬兼成の時代から見ると、極めて遠い過去にだけ、そう
だったとまでは言えない為に、彼らに記憶が薄く残っている
事を、象棊纂圖部類抄の記載部分の元著者が、駒のルールの
補足説明の部分で、うっかりと自白してしまっているのでは
ないかと、私が疑っているというわけである。(2016/11/26)

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