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侍従駒の無いチェス方式解決法の限界上限盤升目数(長さん)

 前回までのところで、ほぼ同じ棋力同士の終盤における、
侍従小駒の駒余りという、チャトランガ時代に有った問題
をチェスでは、小駒自身を排除する事によって解決しよう
とし、その手法には盤升目依存性が、余り無いようだと
述べた。なお盤升目依存性が無い別の方法としては、侍従
駒と最終盤に相討ちになる、幽霊駒の導入方法も考えられ
るが、手の合禁判定が、局面が病的な場合に、特に困難に
なる旨も指摘した。
 では、ほんとうに、チェスの手法で、どんな盤の大きさ
でも、問題の無いチェス・将棋型ゲームが作れるかと言う
とそうではなく、数十升目以上の将棋では、「中段に大き
な空隙領域ができる」という問題が、今まで述べたことと
は別に発生すると私は認識している。ただし玉は序盤から、
左右に移動しやすいように、最下段とその上の段に、隙間
を作る等して、其処に有る駒の動きは、調節し、序盤に玉
が動きにくくて、中央ラインでしか戦闘が行われないとい
う、問題については別途解決したとする。
 この”大穴問題”は、上限升目数が二桁以上の数になる
走り駒とか、同じく二桁以上向こうの升目に、一定の規則
で跳ぶ、跳び駒とか、踊り駒といった駒を、人間のゲーム
では、認識するのがめんどうくさすぎて、導入困難という
事から発生する。
 数十升目に千のオーダーの駒を配列して行う、チェス型
のゲームを、イメージしてみれば判ると思うが、その際作
れる駒は、せいぜい、制限なく走れるか、数升目先に、跳
ぶという要素を、適当に組み合わせた駒種だけである。
たとえば、「25升目以内なら走れる駒」というルールの
駒をたくさん作っても、25升目先がどこかを認識するま
でに、対局者には時間がかかりすぎてしまい、そのような
駒の動かし方ルールばかりの駒からなる将棋を、人間が快
適にするのは、かなり困難と思えるのである。
 ところが他方、走り駒と、数升目以内の跳び駒だけで、
数十升目の将棋を構成すると、自陣から相手陣の駒を、
走り駒で交互に取り合う手、ばかりが指されるようになる。
そして、その結果として、両方とも下部の陣地の形は、
ほぼ開始時点と同じで、上段から、駒が少しずつ欠けて
行くだけの、棋譜の将棋、ばかりになってしまうのであ
る。これは、攻め側は一見、相手陣を崩しているつもりな
のかもしれないが、相手陣に自分の走り駒を繰り出すと、
繰り出した元の位置が、空升目になるので、仮に、一方
だけが攻め、他方が受け続けるだけの展開になったと
しても、陣形は必然的に真ん中に”大穴”ができるので
ある。
 これも、対局者としては真剣に指しているとしても、観
覧している第三者にとっては、いかにも不自然なゲームで
ある。つまり、盤升目を大きくした日本将棋型の持ち駒
制ゲームと同じく、見てくれが悪くて、ゲームとしては
失格となろう。
従って、「10升目走り」というルールの駒迄なら、なん
とか許されるだろうから、それが限度とすれば、

 チェス型のゲーム改善でも、大局将棋と同じ程度の、
40×40升目程度までが、なんらの工夫も無いときの、
チェス型改善手法の上限になってしまうのかと、思える。

 ただし、この問題には、少なくとも1つの逃げ道がある
事が判っている。前に紹介した、”味方のある駒が、そ
の列で先頭に出て、そのときの2番手の駒との升目差が、
適当に調整した、或一桁升目以上に突出したときに成れる”
という成りの条件則を作成した上で、”成る前に数升目先
に跳び程度の動きであって、成った後、無制限走りになる”
という成りのルールの、”元々は軽い跳び、成ると無制限
走りの典型的大駒”とか、”もともとも走り駒だが、成れ
ば非常に強い踊り駒になる駒”だとかを多数、適宜調整
のうえ作成しておくという方法である。つまり、これらが
中段に自発的に進む”穴埋めの駒”となる。
 以前、”侍従小駒を簡単に成らせる工夫のひとつ”とし
て、上記の成り条件規則を紹介したが、実は、大局将棋
以上に升目が多い、チェス型巨大升目ゲームで発生する、
対局中盤局面での、局面の見てくれの悪さを解決する為に
も、”他より突出したら成れる”則は都合が良いのである。
 おそらく、この成り則を適当に調節して導入し、陣の中
に、”高々数升目先に行けるだけの、やや弱い跳び駒”を
適当に”まぶして”おけば、超巨大盤升目チェス型ゲーム
等の、中盤局面図の見てくれ問題は、ほぼ解決するのでは
ないかと、私は見ている。
 何れにしても、典型的なチェス的ゲームで、「敵陣奥で、
初めて歩兵駒だけが成れる」という、成り規則は成り駒の
数の少なさもあって、ルール自体が余りに不徹底であり、
このような、”成りにくい成り規則”だけのチェス型改善
だけでは、数十×数十升目位以上の超巨大升目になると、
見栄えの良いゲームに、ならない事だけは、確かだと私は
思っている。すなわち、昔の大将棋の類は、往々にして、
難点が未解決のまま滅びてしまっているので、単純に復活
させても所詮、未だ不備の点が幾つもあるという点を、
注意深く認識して、「これから解決方法を探るべきゲーム
になっている」との、あまり賛成者の居ない比較的マイナー
な立場に、私は現在立っているのである。(2016/12/23)
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