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松伏町下赤岩、香取神社を調査する(長さん)

先に、埼玉県越谷市増林城ノ上の調査をした所で述べた、
静岡県焼津市小川の中将棋の駒を2枚出土させた長谷川
平蔵の先祖、下河辺流長谷川氏の本家、下河辺行平の、
少し下の代の館跡とも目されている、埼玉県北葛飾郡
松伏町の下赤岩にある、香取神社を、2017年1月
22日に調査した。
 特に地面を掘ったりするような調査ではなくて、ざっ
と、現地を見て回っただけなので、めぼしい物体等は、
今回については発見できなかった。見た目で通常の集落
である。
 この界隈に行くと、私にはただちに、気がつくことが
ある。それは、住所標識等が仮に無いとすれば、ここは

栃木県小山市網戸と、そっくりであると言う事である。

ちなみに、GOOGLE地図等で見て頂けると、ただち
に判るかと思うのだが、栃木のケースには、網戸神社と
いうのが、小さな寺を併設して存在しており、小山氏の
始祖、小山政光の妻、寒河尼の墓が横に小さく置かれて
いる。
この網戸付近を流れている、思川を、埼玉県松伏町赤岩
のケースには、古利根川に置き換え、集落の家々を、川
に沿って並べると、まるでここは、埼玉県ではなくて、
栃木県小山市の小山駅より一つ南の駅、間々田駅から、
歩いて30分の、栃木県小山市網戸とそっくりな、農家
の多い家並みが、規模もそっくりに細長い形で、神社ま
で続く。
 そして、栃木県小山市網戸と同様、ほどよく、その家
並みを抜けてゆくと、網戸神社ではなくて、香取神社に
到着するというわけである。鎌倉時代中期が、当然基点
なのであろうが、よくもこう、そっくり同じ発展を、
互いに無関係な両方の地域が、800年間続けたものだ
と、私にはここへ行くとただちに感心させられた。
 ちなみに、栃木県小山市の網戸神社周辺で、遺跡が、
発掘されたという話は、聞かない。だから、埼玉県北葛
飾郡松伏町下赤岩のケースも、発掘による成果自体は、
余り期待できないのではないかと、ほどなくして直感し
た。
 なお、栃木県小山市網戸に遺跡が無いのは、結城氏の
分家が、一時的に館を作っただけだからだと、私は理解
している。おそらく、埼玉県松伏町下赤岩の館も、下河
辺氏の分家筋が、鎌倉時代の比較的初期に、館を作成し
ただけの所なのではないのだろうか。
 理由は、利根川川岸の隆起台地の幅が、小山市網戸の
思川の川岸の隆起台地の幅同様、たいしたことが無く、
本家の城を築くには、いまいち、厳しかったからでは、
無いかと、私は考える。
 やはり、もう少しGOOGLE地図等で、利根川や
荒川流域の地形を更に良くチェックして、下河辺氏本家
の城跡を探した方が、良いのかもしれないと思う。
(2017/01/25)

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