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下河辺荘赤岩等調査のまとめ(長さん)

 2月の上旬から中旬にかけて、既に述べたように、静岡県
焼津市西小川の小川城跡から、裏飛鹿盲虎駒および裏飛鷲龍
王駒を出土させた、長谷川氏の本家、下河辺氏の館跡がある
とも、webでは記載される、埼玉県南東部、埼玉県北葛飾
郡松伏町下赤岩を中心とする、大落古利根川沿いの、地表面
の目視による、遺物の調査を行った。
 現在までの所、大落古利根川については、東岸としては、
埼玉県北葛飾郡松伏町大川戸の、八幡神社以南、大川戸、
松伏、田中、松伏(西部)、上赤岩、下赤岩、(以下、明治
時代以前の大落古利根川の東岸で)埼玉県吉川市川藤榎戸、
同吉川市須賀、同吉川市川野西飛び地、と見て来た。
 また大落古利根川西岸では、以下何れも埼玉県越谷市の域
内、埼玉県越谷市向畑、同大吉(おおよし)、同増林(丁目
表示無しの領域)、同増森(同じく丁目表示無しの領域)、
同増森二丁目、同増森(丁目無し領域南側)、同中島、と見
て来た。
 そのほか、現在の大落古利根川の東岸である、埼玉県吉川
市川藤東部や、同八子新田、埼玉県北葛飾郡下赤岩東部、
埼玉県吉川町南広島、同吉川町下内川も見た。そして、
 この領域の中で、土器の破片が散乱していて、最も有望な
のが、

埼玉県吉川市川藤榎戸と同須賀の境付近、

であった。
もっとも、過去1979年に実際に埋蔵金等が出たことで
知られる、

埼玉県北葛飾郡松伏町上赤岩、

には、依然注意が必要と、思われる。
またその他では、そこの八幡神社の神社紋が、下河辺氏の
兄貴分である、小山氏系二巴紋である等で、

埼玉県北葛飾郡松伏町大川戸の八幡神社付近

以上3箇所には、注意が必要であるとの結果となった。
なお、3番目については、埼玉県北葛飾郡松伏町と埼玉県春
日部市の境に近く、

埼玉県春日部市赤沼の南端部分にも、注意すべき

かもしれない。地名からすると、埼玉県春日部市赤沼は、昔
の湿地帯であるが、南端については、埼玉県北葛飾郡松伏町
大川戸の、地形的には続きのようにも見えるからである。
何れにしても、この3地点の中でも、私には特に有望に思わ
れた、

埼玉県吉川市川藤榎戸・須賀付近は、大落古利根川、新方川、
そして、地名からして、埼玉県越谷市中島の北の縁に流域の
北分岐が通っていたと見られる元荒川、更には近代は、庄内
古川(中川)の4河川の、明治以前の全合流点の東側風砂丘
の、ほぼ中心地点と見られるから、鎌倉時代に、実際に
下河辺荘にいたとして、この地点に、仮に何も作らなかった
としたら、”下河辺氏”は、よほどの間抜け

と、とれるような地理的環境であるとは言えると、私は現在
の所考えているのである。(2017/02/20)

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