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「如是一方如此行方准之」の溝口和彦さんの解釈(長さん)

 二中歴の大将棋の記載については、その末尾の10文字が、意味不明
で「誤写」が定説である。その部分について、故溝口和彦さんが、どう
解釈されていたのか。彼のブログが閉鎖される前に、記録しておきたい
と思ってこのページを作成した。結論を言うと、彼のブログの比較的初
期の方の記載から明らかなように、二中歴・大将棋この部分の

①溝口和彦氏の解釈は、

ある方の駒は必ず一方だけに属し、必ず取られた後もこれに準じる。
(敵のものにならない)

であった。つまり

「平安大将棋が持駒ルールではなくて、取り捨てルールである事が、記
載されている」というのが、故溝口説である。

むろんこの部分は「准之」のすぐ前に、古文書文法では頻出すると言う、
明確な「題目化した目的語」が見当たらず、誤写が正論と見られる部分
なので、他にもいろいろに解釈されている。
たとえば、

②wikipediaでは現在、

以上の配列は一方について述べたものであるが、相手側もそれを点対称
に映したものになっている。

という意味とされている。つまり、

「平安大将棋は、敵味方が平手で始まるゲームである」という事につい
て述べているというのが、wikipediaに記載された解釈である。

③なお私は以前幾つかのブログで昔、次のようにコメントしていた。

後方の歩兵に押さえられて、注人は実質一方にしか進めないので、注人
は、その(歩兵の)類「準歩兵駒」である。

つまり、この部分は、実際にはその前段の注人の説明の続きで、本当は、
”如此行方歩兵准之”とすべきところ、”歩兵”の2文字が、題目化し
た目的語として、脱落していると見ていたという事だ。

ただし、現在は、二中歴のルールの説明の構成上、成りの規則が見当た
らないのが不可解で、これが両面”飛龍”の平泉出土駒との、整合性を
欠いており、よって成りの規則が、脱落部分に記載されていると見て、

④今の私の説は、
「まず、

『(それ自身とその後方の駒の動きの性格上、後方の駒に常に押さえら
れて、元の動きの後方部分は無いに等しく、)前の一方にしか実質進め
ないような駒は、もともとその一方にしか進めない、それらと同じ動き
の駒種と、同様のルールに従う(「金」に成る)ものとする。』
と二中歴の末尾10文字を解釈する。

結果として、「注人と奔車が、歩兵と香車と同様に金に成る事」が述べ
られていると解釈される。なお、二中歴には、全く言及されてい無いが、
銀将同様、銅将や鉄将は、平安(小)将棋のルールが援用され、金に成
るとみるべきだと私見する。その結果平安大将棋に有って、平安将棋に
無い駒で、注人、奔車、銅将、鉄将が金成りとなるから、横行、猛虎、
および平泉出土駒で知られる飛龍は、不成りになっていると、見るべき
だと考える。」

である。
④の説では、准之の「題目化した目的語」は「駒レ如キ此(一方)行方ノ」
という事になる。
なお③・④共に、今の所「賛成」者は、い無い。この点につき、以前、
何らかの同意者が、あたかも居るかのように書いたが、勘違いであった。
なお、ここではどれが正しいとは、特に述べない。

正否の判定は、これだけの情報だけでは、土台無理だと私は思う。

溝口氏は、平安(小)将棋との関連で、解釈を述べているが、このブロ
グの範囲からは外れているので、ここではコメントはさけたい。将来
別の史料等が見つかり、どれが正しかったのかが判ったときに、彼も、
この問題にも、一定の切り口から、言及されていた事を証明するため、
公平を期して、ここにも彼の説を記録した。

当方、ここ2~3日風邪気味で、フィールドワークを休んでいる。そこ
で本日は一呼吸、この表題の内容についても触れた。本日あたりから、
また元気に、屋外での活動を再開したいと希望している。(2017/02/22)

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