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シャンチーの升目中置きから交点置きへの変遷(長さん)

 前回のべた、北朝鮮チャンギの古い時代の駒数、盤路数の多い
ゲームは、指された時代の特定が大切なため、ここでそれ以前と
される中国チャンチーに於いて、駒の升目中置きから、交点置き
に変わった経過について、補足しておきたい。
 ここで紹介する文献は、岡野伸氏の「世界の主な将棋」という、
自費出版冊子で、1999年に出版されたもののみである。
 岡野氏の同書によると、北宋時代の終わりに微宋という皇帝が
おり、侍従駒の士が、西暦1125年までの、微宋の在位期間内
に成立し、シャンチーは、現在の形になったとの事である。なお、
北朝鮮15段チャンギの成立時代を特定するには、升目中置きか
ら、交点置きに移行した時代を、はっきり特定しなければならな
いが、移行期には、両方が並存と記載してある。文面からは、

升中から交点への移行期そのものの年代は、ほぼ西暦960年~
1125年までのうちの一部ととれ、岡野氏の著書では、残念な
がら、実は年代がはっきりとは、しないようであった。

 しかしながら、彼の著書をよく読むと、別の手がかりが存在し
た。

つまり、そもそもチャンギの原型が発生したのは、シャンチーが、
北宋で皇帝が微宋に、西暦1100年に交代して確立した後に、
中国から朝鮮に伝わってからであり、チャンギ類そのものが、そ
れ以前には、存在しないと、とれるのである。

そしてその後、チャンギにも変遷があり、現在の形になったのは、
李氏朝鮮王朝の成立した、1392年以降と、岡野氏の同著には、
記載されている。
 そこで、彼の著書の内容に、誤りが無ければ、14筋15段型
北朝鮮古チャンギの発生と、日本への伝来時期は、その間から、
成立後50年程度後までの事と思われ、西暦1100年から西暦
1450年前後の、どこかであるには、間違いが無いのだろう。

 その中でも中心時期の、西暦1200年~1350年程度が、
前回のべたように、やはり14筋15段型北朝鮮古チャンギの、
日本への伝来時期というのが、よほどの不運が無ければ一応、
確実視できるのではないかと、私には判断された。

鎌倉時代の初期、大将棋は二中歴の記載のように13升目であ
った。が、鎌倉時代中期から、南北朝時代にかけて、北朝鮮の、
15段チャンギが紹介されると、それが、ひょっとすると原因で、
大将棋が15升目制へ、12升目制の中将棋が成立した、恐らく
日本の南北朝時代頃になってから、変化していったのかもしれな
いと、私は思う。(2017/03/24)

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