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チベットにはアジア象が居無いことの確認(長さん)

前回、日本の将棋が11世紀前後の大理国起源とすると、象が中国雲南に当時生息
していたにもかかわらず、象駒の無い将棋が、大理国で発生するという問題が、
あると指摘した。私見だが、はっきりとした、この矛盾の回避方法は、まだ無いと、
考える。そこで、その後とりあえず、中国雲南省に将棋が、私によると8世紀程度
には伝来する時点で、伝来元のチベットのラサ付近には、アジア象が居無い事を、
確認した。講談社発行西暦2000年版の、動物世界遺産「レッド・データ・アニ
マルズ 第四巻 インド・インドシナ編」編者 小笠原秀雄氏他によれば、

1995年時点で、中国でのインドゾウの生息数はゼロ

になっていた。
 むろん、中国には象牙を取るためや、骨を漢方薬に使うために、アジア象が捕獲
される以前には、生息していたし、大理国のあった、中国雲南省は、生息域の北限
の近くであるから、なおさら、11世紀には、象は居たのだろう。ただし、同書に
よると、

ヒマラヤ山脈の北側には、アジア象は、もともと生息していなかった

との事である。つまり、大理国へ来る前の、原始平安小将棋の伝来ルートであると、
私が個人的に推定する茶馬の道は、象の住めない寒冷域だった事が判る。
 もし仮に、ここがインド・チャトランガの象駒の、”一旦の消失地”であったと
したら、

チベットが、平安小将棋の銀将駒のある意味、発祥の地

と考えれば、日本の小将棋に、象駒が無い理由は、旨くすると説明できるのかもし
れないと、私は考えた。つまり、チャトランガの象は、チベット・ラサ付近で、象
が居無いために、戦争に象を使用するという、概念が例えば、当時の吐蕃国に起こ
らず、

象が僧に変化した

という経緯は、どうだろうかと思う。つまり、750年頃に、インドの僧と一緒に、
インドチャトランガが、インドからチベットに伝来したという考えである。もし、
そのような事があれば、南詔国に入ってから、大理国で銀将として成立するまでに、

象→僧→銀僧→銀将

と、象駒は一旦消えて、仏像と大理国の出家王族との類推から、将駒へ変化したの
かもしれないという事、なのかもしれない。
 これでも玄怪録と比較すると、金象将軍国の名に、象が入っているという点で、
完全に矛盾の無い説にはまだ見えない。が、少なくとも、チャトランガから、日本
の平安小将棋までの、私の説の伝来ルートでは、象の住めない寒冷域として、当の
日本以外では、チベットしか考えられない事は、調査の上、取り合えず鮮明になっ
たとは言えると思っている。
(2017/07/24)

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