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現インド用語チャトランガ象とタイマークルック根駒の銀将動きの源(長さん)

日本将棋九段の大内延介氏の著書、”将棋の来た道”に表としてまとめられて
いるように、日本将棋と類似点が多いとされる、タイのマークルックの根、
インドの現時点での土着古典将棋を表す、”チャトランガ”というゲームでの
象は、日本将棋の銀将の動きである。一般に西洋のチェス史の研究の歴史が
厚いため、理由は、インドチャトランガで、ある時点で象駒が、走りから
銀将の動きに変化し、それが、アジアには伝わったのが原因と、いう説が、
今は強いと私は認識している。しかしながら、本ブログの論の流れに従う限り
は、

中国雲南で、銀将が発生した影響で、象が世界的に走り駒から、銀将の動き
に置き換わった

と、結論するしかない状況である。なお正直

私には、インド/チャトランガ(現代用語)の象駒の起源は、確かに中国雲南
の白族の王室、大理国起源である

と、言い切れる自信は、今の所は無い。しかしながら、
インド人も、大理時代、四人制チャトランガのルールを記述している時点で
は、”王より象を可愛がってはいけない”と、ルールブックにまで書いてい
る点から見ても明らかに、駒の中で最も強く、象は飛車か角行のルールで
あったはずである。そしてその象を、銀将の動きにまで弱体化させた、理由
について、大理国起源と思われる、一応心当たりは私にはある。

純銀で作られた、おおかた”相”と名づけられた駒が、茶馬古道経由で雲南
から、ミャンマーやインドに、”将棋の来た道”とは逆方向に、他の銀製品
と一緒に伝来する、という事は、実際に充分有り得る

と、考えるからである。つまり銀が大理からインドに輸出されていた事は、
少なくともweb上には、出ているのである。ひょっとすると、

大理国から来た、純銀でできた銀将駒の姿に圧倒されて、ミャンマーやイン
ドの王室や、一般社会のゲーム棋士も、象を、銀将の動きに変える気になった

のではないか。なお、インドチャトランガの、恐らく角行動きの象が、
銀将動きになった原因については、増川宏一氏の先行研究が有名である。

増川宏一氏の”ものと人間の文化史”将棋Ⅰでは、戦象の兵器としての
難点が、時代を下るに従い露呈して、使用頻度が低下し、象駒の動きが弱体
化する原因になったとみて、矛盾が無い

との旨、書いてある。

どちらが正しいのか。実の所、私には良くわからない。
しかし、大理国の原始平安小将棋に、ホータン玉が導入された結果、銀将を
今の金将から銀将の動きに、押せ押せで変えなければならなかったという
立場を、このブログで現在取っている

以上、今のマークルックの根駒や、インドチャトランガ(現代用語)の
象駒の動きの起源等は、中国雲南省に、11世紀に居た、チベット・ビル
マ系の白族の王家一族と聞く、段一族の発明を真似たものであるという立場
を、ここでは、当分取らなければならないと、承知している。(2017/10/27)

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