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チムールチェスの成立が1300年以降と遅いのは何故か(長さん)

増川宏一氏の、ものと人間の文化史23-1将棋Ⅰ(1977)に、
イスラム社会の、駒数多数象棋として、アラブ、ペルシャ、トルコ
の例と称するものが、図だけだが載っている。最上段の10升目制
のイスラム社会のチェスは、成立年代や経緯が私には不明だが、
2段目のペルシャのゲームと称するものは、西暦1300年以降の、
チムールチェスの類で、駒数が少し少ない初期タイプ、最下段の
トルコのゲームと称するものは、更に時代が下って、オスマン帝国
時代のゲームとみている。
 最上段の、銀将と象駒が、両方とも有るような、モンゴルのヒャー
シャタルのように見えるゲームは、成立年代が私には謎だが、

イスラム社会の駒数多数象棋、一般には”大型チェス”と言われる
ものは、駒数が現実多かったという点で、チムールチェス類から典
型的に始まるとすれば、日本の平安大将棋よりも、約200年遅い

と、言えるのではないかと思う。ちなみに、日本で将棋が始まった
のは、西暦1000年すぎ、イスラム社会で、イスラムシャトラン
ジが始まったのは、遅く見ても800年より少し前と、少なくとも
ここでは見る。だから、小型の将棋ないし象棋の始まりは、イスラ
ム社会の方が、日本よりも、逆に200年強早い。つまり合計で、
小型が初出し、大型の典型が現われるまでの時間差が、

日本については約100年、イスラムについては約500年と、
数倍も違うという事

になる。今回の論題は、なぜイスラム社会では、発生するとかなり
流行ったとされる大型への移行に、時間が掛かったのか、とする。
 いつものように、答えを最初に書き、ついで説明を加える。
 イスラム社会の小型標準象棋ゲームである、8×8升目32枚制
イスラムシャトランジは、ゲーム性能ではなくて、

宗教的要因だけで、長期間同じタイプのゲームが存続

した。大型のチェスとされる、チムールチェスの発生が遅延したの
は、ゲーム性能の難点に関して、比較的中世のイスラム社会の棋士
が、無頓着だったからである。しかし、モンゴル帝国に侵略される
という現実を目の当たりにした彼らは、精神論だけで、外国の軍隊
に勝てるという訳には行かないという、現実を突きつけられ、象棋
についても、

現実に発生するまでが長かった、対外戦争の敗北の悲劇という、イ
スラム社会にとっての改善の動機から、チムールチェスが発生した

ため、時間差が大きいと、本ブログでは見る。
 では、以上の結論につき、以下に、説明書きを添える。
 イスラムシャトランジが、中世のイスラム社会で盛んに指された
事は、名人筆のゲーム本が残っている事から、明らかと見る。
しかし、私に言わせると、イスラムシャトランジのゲーム性は低く、
玉駒を詰めるのは、終盤で車の力に、頼るだけになっていると見る。
それでも、名人は、それが巧みだから、イスラムシャトランジの
名人ではあったのだろう。しかしイスラムシャトランジを、ビギナー
が、少し指してコツが判った時点で、更に名人を目指して、ゲーム
にのめり込むようにさせるためには、この難点は継続の動機付けに
とって、致命的なような気がしてならない。そして、そのゲームを
別のものに変える事によってのみ、本質的に解決可能な、多数の
熟練者の存在する、成熟したチェス・象棋型ゲーム社会の形成に
とっての、

ポテンシャルの山は、宗教への忠誠心が有ったがために克服された

のだろうと私は推定する。根拠としては、現実に

中国や日本という異教徒の国で、イスラムシャトランジが流行った
形跡が無い

という点が、挙げられると思う。そのように、
8升目32枚制イスラムシャトランジの標準型が、西暦800年~
西暦1300年まで、無変化のまま支えられたのは、持ち駒ルール
によってゲーム性能を上げた、ずっと後世の日本将棋等とは全く違っ
て、社会の創始者のモハメットも、戦争の軍師として有能だったと
いう古事から、それを指す事によって、アラーの神への、忠誠心が
示せるという事で、イスラムシャトランジを熱心に指す動機付けと
なった、

宗教の力だけ

だったのではなかろうか。だから、イスラムシャトランジのルール
が安定していたと見られるのは、そのためだったと考えるのである。
 そして、その状況が変化したのは、騎馬戦や火砲といった武器で、
モンゴル帝国に、イスラム国家が敗北するまで、続いたのではない
か。だから、ようやくモンゴル帝国が中国の明王朝に破れ、北元と
して後退し、後継国家として、チムール帝国が成立したときに、

イスラム教徒は、遊び心ではなくて、まじめに各国の象棋・将棋の
ゲームルールを調査した上、駒数多数のチムールチェスを作った

のではないか。だからチムールチェスの中の、女王の動きの駒も、
ひょっとすると、日本の大将棋の奔王や奔横に関する情報を、集め
た結果、得られたものなのではないのか。
 以上のように、私は疑う。
 そもそも、日本の将棋駒と違って、イスラムシャトランジは立体
意匠駒であるから、駒の種類を増やすたびに、駒の形を細かく考え
なければならず、ゲームをそのようにするのに、それ相応の覚悟が
居るはずである。
 何れにしても、イスラムシャトランジ発生から、チムールチェス
発生までのタイムラグは長すぎ、いつでも存在しそうな、遊び心で、
イスラム社会に大型チェス(駒数多数象棋)が発生したとは、安易
に決め付けられない事は、確かなのではないかと私は思うのである。
(2018/09/25)

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df233285

お知らせ(長さん)

明日は、so-netのホストのメインテナンス日なようなので、
投稿がたぶん、変則的になります。
by df233285 (2018-09-25 07:14) 

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