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鶴岡八幡宮出土の裏楷書奔王鳳凰駒。初期配列で元奔王と誤るのでは(長さん)

前に、”(元)奔王を出して勝ち駒数多数将棋”では、鶴岡八幡宮
出土の裏楷書奔王鳳凰駒が使えず、従って、この駒は恐らく、中将棋
用ではなくて、後期大将棋の鳳凰ではないかとの論を展開した。
 その後、成りの書体の工夫には、表駒の判別ではなくて、その面が
成り駒なのか元駒なのかを区別して、元駒と別元駒の成りとを、初期
配列時に識別する機能が必要である事を、興福寺出土駒1058年物
の裏二文字”金也”各種駒を例に、本ブログでは議論した。今回は、
その興福寺型の議論を、表題の鶴岡八幡宮出土の鳳凰駒に対しても、
適用するものである。
 話の行方を見やすくするために、最初に以下の点をはっきりさせる。
 すなわち、元駒としての奔王が無いが、成り奔王鳳凰が有るという
将棋種は、実は日本の将棋種として、存在しないと見られる。
よって、厳密に言うと、

鶴岡八幡宮出土の裏楷書奔王鳳凰駒が使える将棋種は、日本には
過去全く無かったはず

である。そこで今回は、この

実用性の全く無いはずのこの駒が、なぜ現実には出土しているのか

を、論題とする。
 最初に回答を書いて、その後で説明を加える。

元駒と別元駒の成りとを、初期配列時に、区別する機能が無い為に
困るケースが、麒麟と獅子、鳳凰と奔王の2組程度なら、仕方ないと
諦めて、後期大将棋用の駒として鶴岡八幡宮出土の鳳凰駒が使われた

と考えられる。
 では、以上の結論について、以下で説明する。
 そもそも少なくとも本ブログでは、鳳凰よりも奔王の発明の方が、
徳島県徳島市川西遺跡の奔横駒の存在から見て先行し、奔王が以降、
駒数多数将棋から、抜ける事は無かったと考えている。従って、
成り(裏)奔王鳳凰駒の奔王の字体は、鳳凰が発明されたときから、
以降ずっと、崩してあった方が良い事は、確かと考える。
 しかし、鶴岡八幡宮出土駒の鳳凰は、どのような将棋種にせよ、
成りの奔王の字を、崩さなければ、初期配列時に、元駒としての奔
王と区別出来ずに困るはずなのに、そうしていないのであるから、
何らかの事情があり、かつ、鳳凰と奔王の区別については、

我慢した

としか考えにくいのである。そこで事情は何かだが、
この駒が、後期大将棋の駒だったとすれば、麒麟の成りが獅子、
酔象の成りが太子であり、これしか成る駒は無かったはずだから、

太子は崩しては判り難いので、全部楷書で統一した

と考えるしか無い。つまり、このゲームには成る駒が、もともと
3種類しかなく、そのうちの1種類の駒、酔象の成りが太子で、崩
し字を考えるのも億劫だったし、実は太子については、後期大将棋
については元駒も無かった。ので、全部楷書で統一したと考えるの
である。もしそうだとすれば、
麒麟と獅子、鳳凰と奔王の2組4枚、盤上計8枚だけ、初期配列時、
駒を拾っては、裏返して、元駒が無いかどうか確かめる必要がある
のだが、そうしなければならないのは、

65枚の駒の内の、4枚だけだったので、棋士に我慢させても文句
が出ないと、駒の字書き師は踏んだ

と考えるのである。つまり太子の草書体が、書体として今ひとつだっ
たのが、鳳凰の成りの奔王を、崩さずに、楷書にしてしまった原因
と考えるという事である。
 さて、だとすれば、この鶴岡八幡宮出土の裏楷書奔王鳳凰駒が、

中将棋の駒であるという説は、相当に苦しいと思えて来る。

なぜなら、中将棋の場合は、全部成りを楷書にしてしまうと、
飛車×2、角行×2、金将×2、銀将×2、銅将×2、猛豹×2、
鳳凰、麒麟の14枚(46枚のうちの)が、それぞれ元駒の、
龍王、龍馬、飛車、堅行、横行、角行、奔王、獅子と区別できなく
なるからである。全部楷書にこだわって、問題が生じるくらいなら、

中将棋の駒の場合は、太子は例外的に楷書にしておき、残りの成り
は崩した方が、駒の字書き師にとっては、処理が楽

である。実際、現在に伝わる中将棋の駒は、今述べたシステムになっ
ているのである。つまり、
初期配列時に元駒と、別の駒で裏かその字というパターンの配列を、
間違えないようにしたとすれば、中将棋の駒だとするならば、煩雑
さが著しく増すので、

鳳凰の成りの奔王は、崩して書いたはずだと、ほぼ断定できる

のではないか。むしろ今述べた議論の方が明解で、

鶴岡八幡宮出土の裏楷書奔王鳳凰駒は、後期大将棋系の駒と推定

できると、私は最近では確信するようになったのである。
(2018/09/30)

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