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東京都文京区本郷元町史跡を確認した(長さん)

江戸時代の将棋駒で、中将棋の成り太子酔象駒が出土した、
東京都文京区本郷本町遺跡を、最近確認した。文京区だが、
千代田区との境付近、JR中央線の水道橋駅の、東側の出
口の神田川をわたって、直ぐ北側、都営三田線水道橋駅の
A1出口の所である。都立工芸高校の校舎の地下だが、大
きな校舎の建物の下のため、正確な場所は確認できない。
なお工芸高校の建物の東側は、東京都の教育委員会の施設
が入っている。教育委員会としては、この界隈の何処を掘っ
ても同じだが、たまたま発掘地点が、工芸高校の建設のた
めの調査というだけだったと、認識しているのだろう。特
に、遺跡の立て札等は、全く建ってい無い。
 東京都の教育委員会の設置物としては、讃岐(高松又は
香川)松平藩の屋敷の、石垣跡の石碑の立て札だけが、
都立工芸高校の校舎の、北側の花壇の所に設置してあった
だけだった。ただし、少なくとも現在、城の石垣は全く見
当たらない。
 石碑には、最近の字体で、次のように記載されていた。

題字:高松松平邸の石垣
本校(都立工芸高校)敷地は徳川御三家水戸藩祖徳川頼房
の長男、頼重が始祖となった高松松平家の上屋敷跡で、
明治以来本邸になった。松平邸は冠木門と築地塀に囲まれ、
大名屋敷の風情を漂わせていた。築地塀を支えていた石垣
の一部を残し昔の姿をしのぶ。

なお、繰り返すが、城の石垣らしい石垣は無いと見られる。
 ちなみに酔象駒は、この高松松平邸の南側の、旗本居住
区から出土したようである。大江戸古地図大全(別冊宝島、
2016)によると、工芸高校の西玄関から石川、石丸、
建部、安倍、広戸、安藤等の苗字の旗本の家があるようだ
が、残念ながら私には、今の所どの家の持ち物と、された
のかは、良くわかっていない。”退屈な旗本”はこの時代、
多数居ただろうから、東京の古井戸等の地下の水場に、江
戸時代の遺物として埋設されている将棋の駒の数は、今も
かなりの数にのぼるのではないかと、私には想像される。
(2018/10/08)

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