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新安沖沈没船の将棋盤。一段腐食して14段だけ現存(長さん)

新安沖沈没船より、小将棋の駒と共に共出土した、
15×15升目の、盤目のやや細かすぎる将棋盤(?)
は、後期大将棋の成立時期を決定する上で、本ブ
ログにとっても重要な遺物史料である。韓国の
書籍に、更に良い写真が、あるいは紹介されてい
る可能性も有るが、国内で簡単に手に入る本遺物
の盤升目を撮影した写真は、ものと人間の文化史
”碁”の、増川宏一氏が撮影したとみられる写真
が唯一である。
 従来はこの写真について、

端ははみ出して切れているが、15升目の後期大
将棋盤と、目が細かい点は除けば同じと本ブログ
の管理人は認識

していた。しかしながら、ものと人間の文化史”
碁”の写真を良く見た所、

将棋盤としたときの、段が1段腐食のように見え、
ひょっとしたら、最初から14段で本当に15段
は、無かったのかもしれない

と考えるようになったので、以下にその旨を記す。
 ものと人間の文化史”碁”の写真は、模式的に
書き直すと、以下の感じに撮影されている。

沈没船将棋盤.gif

なお、左のものさしの1目盛りは約3センチであ
る。段番で目盛りの数を書いてみた。
右端に広いスペース部が来るように、長手方向を
上にして、この”将棋盤(?)”を見ると、

1段目と2段目の境の線は、写真に全く写って居
無い。

今までは、カメラレンズの視野外に出たのだろう
と、個人的に考えていた。しかし、
輪郭を良く見ると、波打っていて不規則に上がり
下がりしている。従って、恐らく増川氏によって、

上段は端まで撮影されていて、腐食されているの
か、縁がイビツに切り取られている感じ

なのであろう。つまり、

たとえもっと良い写真や、現物を見ても、この盤
の、盤升で第1段目が、実在し無い可能性が高い

と私は考えるようになった。
 それに対して、右縁は切れていても議論に影響
無いので度外視する事にして、上の図で左端は、
直線で切れているし、下は、円弧状に切れている。
ので、

左と下は写真の視野外に出ており、本当は将棋盤
の第15段や左端筋は、第1段とは違い、現存す
る可能性が高い

と私は思った。
 腐食の可能性は、かなり大きいと見られるが、
この将棋盤(?)自体が、図に一緒に書いた4個
の聖目から、自然に予想される形と違って、

升目数で15段ではなくて、元々14段しか、
沈没船の日本人船員が、書かなかった可能性も、
絶対に無いとは言い切れない

ようである。
 以下蛇足になるが。以前に本ブログで示した、
25枚の金将を、50枚の歩兵で中央領域から
追い出す将棋遊びのケースは、手前側を歩兵軍、
向こうに金将軍のプレーヤーが座った場合、第
1段目まで歩兵を進めたり、1・2段目に歩兵を
打ったりする手を、歩兵軍はほぼ指さないため、
14×15升目盤で、しかも1段目が欠けた物で、

金と歩兵の戦いゲームのケースには、問題無い。

しかも、歩兵軍持ちのプレーヤーが、仮に右利き
なら、

持ち駒の歩兵を、右のスペースに置く事が出来、
すこぶる適正の高いゲーム盤に、たまたまなって
いる

ようだ。
 むろん、これで本ブログの仮説が証明されたと
は、とても言えないだろうが。聖目が正確に書か
れているのに、全体領域が、きちんと9つに等分
割になって居無いかもしれないという謎解きの、
仮説の一つと見なせるとは、一応言えるだろうと
は思う。(2019/07/27)

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