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大将棋はいつ成立したのか?(長さん)

 以下、読者の方に、自分が新ゲームのデザイナーに
なったつもりで、その立場で考えて頂ければ、御同意
頂けるのではないかと思うのだが、ゲームができたと
言うのと、ゲームが成立したというのは、指す人口の
多少に係わらず、別物である。
 あくまで以下私見であるが。wikipediaのシャンチー
の項によれば。
西暦1050年~1100年ころ中国で、19×19路の
「広将棋」が、晁補之(ちょうほし)によって、作成されて
いたと言われている。よってその19×19路、98枚制
の将棋新ゲームの情報が、期間が開いても、50年以内
には日本に入り、入り次第、恐らくその年の年内には、
19×19の361升目の将棋が、少なくとも日本の
誰かの頭の中には、存在したという意味で、
出来てはいたのだろうと私は思う。しかしたとえば。
(葉室∈藤原 ?)仲房のように、彼の家人である侍男
にも、平安大(?)将棋を教えて一緒に指し、この例では
平安大将棋を他人に、広める行為まで行われなければ、
たとえば平安大将棋について、ゲームが社会化したという
意味で、「成立した」とは言えないと私は思う。
当然だが以下は、今述べた後者の意味での大将棋の成立
年代に関する絞込みである。
前回までに述べた結論から言えば、大将棋の成立の上限
(数値が大きい、つまり新しい)は、藤原頼長の台記の、
「大将棋を彼自身が指した記載」の1150年頃程度で
あり、下限(数値が小さい、つまり古い)は、
興福寺出土駒の製作年代と目される、1050年代頃で
ある。
 つまり、興福寺出土駒のうちの木簡と、駒の「酔象」が、
大将棋類の駒かどうかに、それはかかっている。なお、
少なくとも製作途中品以前である、木簡の酔象が「不成」
なのは当然であるが、興福寺の遺跡から最近発見された
駒の方も、不成りであるとみられており、成らないとい
う事の、意味を考えてみる必要がある。私見では、この
点が重要だと思う。
 そこで、既知の日本の将棋ゲームのルールから、不成り
酔象がどのゲームのものかを対応させると、「対応する
ゲーム無し」との結論になる。
 酔象は朝倉小将棋では太子、(麒麟・鳳凰が獅子と
奔王に成る)摩訶大将棋及び、(同じく麒麟・鳳凰が、
大龍と金翅に成る)摩訶大大将棋(以上、仮分類)で
王子、その他の中将棋より駒数の多い日本の駒数多数
将棋で太子に成り、酔象が不成りのゲームは存在しない。
従って、この興福寺の酔象は、未知の将棋ゲーム用で
あると、結論してよいと私は考えている。ただし、私は
この未知のゲームは、大将棋の類ではなくて、平安小将
棋に分類されるとして、今のところ矛盾は無いと思う。
遺跡から玉将、金将、銀将、桂馬、歩兵が他に複数出土
して居るのにもかかわらず、酔象(今のところ1枚)
以外に、駒数の多数な将棋に使われると疑われる出土駒
が、全く知られていないからである。この点で「奔横、
あるいは本横駒」が発見されている、徳島県徳島市付近
の川西遺跡の将棋駒出土の事情とは、大きく異なって
いると私は思う。
 以下更に私見であるが。興福寺の酔象駒は、繰り返し
になるが、太子に成らないから、(朝倉)小将棋に使う
駒でも無いと思う。
 平安小将棋の原型が日本に伝来した時、銀将として
伝わった駒が、シャンチーやチャンギが、日本でポピュ
ラーになってきた時点で、「象」に相当する事が
広まって来たので、恐らく釈迦伝説でその固有名詞が
出てくる事を記憶していた、国内で将棋を指す僧侶が、
2文字化して酔象を作ったというのが、私の想像する
所である。よって、この酔象は、シャンチーの相や
象と同じく、斜めに2升目跳び越えのルールであって
後の朝倉小将棋の、真っ直ぐ後退できない酔象の
ルールと違っていたり、初期の位置も、玉将や王将の
前升目に置くのではなくて、片方の銀将と交換して
置く等、既存の将棋には無い、未知のルールで使われ
た可能性もあるのではないかと、私は疑っている。
 以下現時点では、私の妄想に近い空想でしかないの
だが。原始平安小将棋で右銀将を、斜め2升目先跳び
酔象に交換すると、玉、金、銀、象が1枚づつになり、
体裁は8×8升目制原始平安小将棋(仮称)より、
良いようにイメージしている。
 以上だいぶん長くなったが、興福寺の1058年頃
作成の出土駒の酔象は、少なくとも、大将棋系のゲーム
の道具ではないと、私は考えている。私見では、
伝説の「日本将棋の発明者」。西暦1100年頃の
大江匡房の時代が、大将棋の成立期として、むしろ
順当ではないのだろうかと考えているのだが。
 よって前回述べたように、「藤原道長の時代
(西暦1000年)より、更に100年~150年後
に、平安大将棋ないし、その類型が、わが国で成立し
た」で、大きな間違いは無いのではないかと、今の
ところ私は考えている。(2016/11/15)