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宋・金・元国での日本の将棋棋士の評判の推定(長さん)

 通常将棋の棋士のうちで世間から話題となるのは、その
棋士が強いからである。しかし2つ前で、私は中国で評判
となった、日本の将棋の棋士は、藤原道長のように、将棋
が強いからではなくて、最高級の将棋道具を所持している
からだと述べた。これは一見すると、読者にはおかしいよ
うに感じられるかもしれない。が平安時代から鎌倉時代に
中国(北宋・南宋・金・元等)ではゲームとしての平安小
将棋に興味を持つ人間は、ほぼ皆無であろうから「日本で
小将棋が指されている」という話題が伝わったのは、以下
のように「交易の相手として、日本のセレブの羽振りが良
い」という話をする文脈で、情報として伝わっているだけ
のためと考えれば、実はつじつまが合うと考えている。
 上記の話の出所は、中国の商船のオーナーであり、その
話の聞き手は、交易商人以外には、考えにくい。すなわち
日本人と最初に接する人間が商船の船主、および、その情
報に基づいて、日本人とコンタクトするかどうかを、決め
る必要がある人間が、交易商人だけに限られるため、ほぼ、
そう断定できると言うことである。私には平安時代中期、
上記の二者のケース以外、日本の平安小将棋の棋士につい
て、中国人等が興味を持つ動機を、全く考え出すことがで
きない。
 たとえば交易商人として有名な例では、中国が元の時代
で、日本が鎌倉時代に、現在のイタリアから中国へやって
きて東方見聞録を書いたマルコポーロの一団があり、彼ら
は「日本が黄金の国であるとの知見を得た」とある。「日
本には白人が住み、黄金の宮殿や豊富な宝石・赤い真珠があ
る。」等と記しているという。情報の出所は別の商人とも
言われるが、最初に日本に来て、その印象から上記の話の
オリジナルを作成したのは、輸送船の船主であったに違い
ない。
 そもそも、マルコポーロのような交易商人に対し輸送船
の船主が、交易相手が羽振りが良いという話以外、利害上
する訳が無いと私は思う。彼らの輸送船でマルコポーロの
ような交易商人に、相手国と交易をしてもらえれば、彼ら
は、恐らく莫大な輸送賃が稼げるからである。
 従って輸送船の船主としては、平安小将棋が、中国の
シャンチーとは、別のゲームである事が判ればよいだけの
説明をし、藤原貴族が、最高級の将棋の道具を、どんどん
購入するような、交易商人にとっての良いお客さんである
事を示す事に力点が有ったはずである。
 特に日本の将棋の、玉将、金将、銀将という鉱物の付く
駒の名は、イメージとして、その藤原貴族の将棋の道具の
高級感を出すには、日本は黄金の国という伝説とも相まっ
て、相応しいものだっただろう。なお鉱物名が駒の名につ
く将棋類のボードゲームとしては、唐の時代のボードゲー
ムについて書かれているかもしれないとされる玄怪録に於
いて、駒名かどうかは不明であるが、「金象将軍」という
単語が現れる、という例が、他には知られている。
 更に交易商人には副次的に、平安小将棋の性質を通じて、
藤原貴族の長が「羽振りの良いのを煽てさえすれば、たい
がいの贅沢品を購入してくれる程度の、お人好しの客」で
あるとの心象が持てるようになるため、輸送船の船主は、
平安小将棋がシャンチー等に比べて、中国人なら子供でも
できそうな、レベルの低い、簡単なゲームである事も、
披露したはずだろう。こうして中国等では、日本の棋士の
うち、将棋の道具が高級な、藤原長者等の話だけが、棋士
の将棋の力とは全く関係なく、広く知られるようになった
のだろうと、私は推定する。
 当然それは、海千山千の交易商人等の、取引相手に対す
る良く有るパターンの陰口であるから、それが藤原貴族へ
約100年かかって伝わると、藤原氏は当然、相手に、なめ
られないように対応しようと大将棋を指したと、私に言わせ
れば、比較的楽に、説明できるのではないかと言うことに
なる。(2016/11/15)