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補足・なぜ13升目列の大将棋は成立し得たのか(長さん)

 だいぶん前の所で、持ち駒ルールの無い将棋の場合、
9升目行将棋では、桂馬が1段目初期配列のケースは、
ぶつかり合う配置のため、ゲームの廃れの要因になる
との旨述べた。平安小将棋を9行型に、院政期に変化
させたために、一時的な小将棋系の廃れを招き、大将棋
系の、世界に類例の無い「隙をついた発展」に繋がった
と、私は考えているというわけである。
 しかし、桂馬を初期に1段目に配列して、ぶつかり
合うのは、行升目が、5+4nで、nが0,1,2・・
のケースだから、5行、9行、13行、17行将棋が
それにあたっており、そこに含まれる13行の
平安大将棋が、その後も存続し続けたとすると、
論理的にはちょっとおかしいと、言うことになる。
 この点について私は、9行将棋の場合と違って、
13行(以上)になると、たとえば初期に2一地点に
桂馬を配列する方の、仮に△の側の立場で見ると、

△5十一地点という、中央筋以外に、桂馬の攻め地点
が、13升目行の場合は生じて、攻めの幅が広がる

ため、9升目行小将棋と、陣が3段組の類似のパター
ンの場合も、状況が違うと考える。
 9升目行型の小将棋の場合、△4五に、桂馬が伸び
た後、3七の地点で、▲が2九の地点に置いたままの、
相手の桂馬に、当たりにならないようにするためには、
中央筋の5七の地点に出るしかなく、初期配列で、金
を例えば、▲5八金右と進められると、簡単に受けら
れてしまう。現在の日本将棋でも、桂馬で序盤すぐに
攻めて行く将棋が、余り見られ無いのはそのためだと、
私見する。
 それに対して、平安大将棋のような13升目型の場
合、△4九や△6九に、相手▲の桂馬の当たりを避け
ながら延び出した、△側の桂馬は、△7十一の中央筋
でなく、△5十一の▲側猛虎の頭を、狙う選択肢があ
るのである。なお7十一の地点は、▲側は、平安大将
棋三段組仮説をとる場合は、7十の位置の注人が効い
ている。それに比べて▲側にとって、5十一の地点は、
あらかじめ、▲側の5十三に初期配列された銀将も、
繰り出して最初の位置には居なくなっていると、
3十三配列の鉄将は攻め駒であるため、もともと繰り
出していていない可能性が高く、よって守りとして
存在せず、平安大将棋の▲側4十三配列の銅将は、
5十一の地点には、そのまま▲4十二銅将と上げても、
効かず、▲側6十三配列の金将を▲6十二と上げるの
も、囲いの乱れ感が出るので、結局5十一地点を守ろ
うとすると玉が手薄になって、△側の攻め筋になる焦
点となり、この地点の△側の桂馬による攻めは、将棋
として成立する可能性も、大いに存在するのではない
かと、私は見るのである。
 このように、「中間第5筋に攻め込んでゆく桂馬」
という作戦が、13升目将棋には有って、すでに、
5筋が中央筋の、9升目の持ち駒ルール無しの将棋で
は無理筋になる等、盤が大きいと、桂馬の使い道が
増加する為、13升目の将棋だけが、鎌倉時代
草創期ころ廃れず、指され続ける要因になったと、
私は考えて矛盾は無いと見ている。
 むろんその他の要因としては、13升目×13升目
将棋盤を所持しているセレブは、家柄の良いのを誇り
として、鎌倉時代には代々、平安大将棋の将棋盤を
伝えたであろうから、大将棋の升目の数は、おいそれ
とは、変えにくかったと言うのも、あるいは有るの
かもしれないと思う。
 よって、鎌倉時代末期の西暦1300年ころ、
普通唱導集の大将棋が13×13升目将棋だという説
にとって”桂馬のかち合い条件の問題”は、最悪でも
致命的難点とまでは、ならないのではないかと、いま
私は考えているのである。(2016/12/04)