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増川宏一著書の中の象戯図式、天竺大将棋「奔鷲」の動き(長さん)


 だいぶん古い版なので、新版と内容が変化しているかも
しれないのであるが、私の所持している増川宏一氏著書の、
法政大学出版局、ものと人間の文化史23-Ⅰ、「将棋Ⅰ」

1977年11月 初版1刷

の、103ページから120ページまでに、江戸時代中期
発行と聞く、「象戯図式」の複写が載っている。が、その
うちの110ページから111ページに亘っている、天竺
大将棋(基)のページで、増川本では、111ページの、
上段、左中央付近に書かれている、

奔鷲の動かし方のルールの記載パターンに、私は以前から
注目していた。

中身は、図ではなくて、一文で示された、説明書きの方で
ある。つまり、

如奔王又猫刃再度歩兼行

と書いてある。なお、天竺大将棋には「奔鷲」が元から、
右側中央列3段目に有り、また、奔王も成って、この駒に
なる。ちなみに「象戯図式」自体は、水無瀬兼成の将棋部
類抄よりは新しく、後者を参照していると、言われる。が、
江戸時代の将棋書としては、古い方(3番手と、私は認識)
である。また、「後奈良天皇の命令で、日野郷士臣貞孝な
どが(朝倉)小将棋から、成り太子酔象を取り除いた」と、
朝倉小将棋がらみの話を、類似書に比べてより詳しく報じ
ている(版が存在する)と私は聞いている。そこで「大将
棋が廃れた時代」のころに関する情報、つまり駒数多数将
棋に関する情報が、より詳しく残存している事が、他の江
戸時代の将棋書よりは、少し期待できると私は考えている。

 言うまでもなく、上の奔鷲の動きの説明で注目すべきは、
猫刃のジグザク動きで2歩ルールという、他の書や駒で、
類例を聞かない記載である。

これは、まさしく私が13×13升目104枚制普通唱導
集大将棋で述べた、麒麟の原始的な、踊りのルールである。
恐らく、こう記載した、この書の著者か、天竺大将棋の作
者のどちらかに、「猫又を2回繰り返す動き」というルー
ルの記憶があるので、奔鷲の動かし方のルールとして、こ
のようなものが、考え出せたのであろう。
 この事から明らかに、私が提案した、鎌倉時代末期の麒
麟の動かし方というのは、単なる空想ではなくて、少なく
とも江戸時代の中期までは、その現実の存在が辿れるので
ある。

 ~の駒の動きを2回繰り返す動き、というのは、「~」
を玉将にしたケースは、獅子の原始的なルールを恐らく
生み出し、大将棋から中将棋が発生する、曙となった発明
であった。よって安土桃山時代に、後期大将棋が記載され
たときにも、麒麟が獅子に成るという規則と、それとは対
で、鳳凰が奔王に成るという規則は、後期大将棋の成り則
として、水無瀬兼成によって固定されたのであろう。ちな
みに、同時に後期大将棋の数少ない成りである、太子に成


酔象の成りルールは、「象」駒を、本来居るべき銀将の隣
接する袖の位置から、中央列に移動させる、口実を作るた
めのものであろう。そしてそれは、鎌倉時代中期、横行を
2段目中央から、3段目端から2列目へ、移動させた直後
に発生した、川西遺跡型の大将棋から、私が仮説で述べた
普通唱導集大将棋へ移行する途中での、恐らく仏教に信心
深い大将棋指しによる、新たな作成ルールだったのだろう
と、私は今の所、仮説として想定している。

後期大将棋では、こうして結果的に、酔象、麒麟、鳳凰が
中央に集まっていてかつ、この3枚だけが”成りの有る駒”
になったので、かっことしても、体裁がとれた。そこで、
水無瀬兼成等により、駒数130枚の15×15升目制
後期大将棋「大将棋」の「限定された3つの成りの有る駒」
として、紹介される経緯になったのだろうと、私は考えて
いる。(2017/01/09)