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埼玉県吉川市須賀等の調査(長さん)

1月24日午後、前回のべたように、埼玉県吉川市須賀へ
行ってみた。現地は畑作地帯で、現在は中川に面しており、
河口の扇状地帯の、土砂が溜まったような場所であった。
なお、ざっとで私見だが城跡の雰囲気は、無いように思う。
 旧中川の弧状の川底地帯は、現在西側が舗装された車専
用の道路、南側に小さな用水が流れていて、南側の昔の護
岸は、帯状の更地になっていてちょっと高く盛られており、
公園もあるが、主要部分は柵が作られ、中に入る事ができ
ない。
 弧状の旧中川東岸でかつ、現在の中川の西岸に位置する、
吉川市須賀地区は、ほぼ全面がやわらかい、火山灰状の、
畑の土で覆われており、土器の破片が比較的簡単に、発見
できる。かなり前から人は、暮らしていた場所のようであ
る。あるいは、中川の上流からの堆積物の中に、遺物が混
じっていて、この場所に散乱しているようにも見えた。
 なお、弧状の旧中川跡の東でかつ、現在の中川西地帯の
北側は、吉川市川藤という地名になっているが、”カジワ
ラ”という工場があって、そこには盛り土が大きくされて
おり、須賀の畑に比べて、幾らか高台になっているように
も見えた。地図で確認したところでは、旧中川の北端の
土手跡に建つ、工場のようであった。なお、北側の境界線
の外は、越谷市増森という所であり、昔は、旧中川に向か
って、東側に天狗の鼻のように張り出した所だったようで
あるが、現在は、工業地帯になっているようである。
 とりあえず、須賀と川藤のあたりを、ざっと本日は見物
して終わった。その北の、越谷市増森工業地帯へは、
別途行ってみたいと思う。なお、増森工業地帯の更に北に
は、前々回紹介した、埼玉県北葛飾郡松伏町下赤岩がある。
ここは、吉川市、松伏町、越谷市の何れも境になっており、
3つの町の、どの場所の、代表的地帯と言う訳でもなく、
よって今の所は、この3つの町のどれからも、あまり大き
く取り上げられてはいないような場所である。(2017/01/27)