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出土駒等の酔象について(長さん)

 現在の主流の考えは、酔象の出土駒について、すべて朝倉小将棋
の駒に同定させるという事だと、私は認識している。が、以下の理
由で、私はこの考えには賛成していない。

不成り酔象駒および木簡は、未知の将棋種用の駒とみなすべきだと
思っているからである。

最も違いが際立つのは、言うまでも無く、西暦1098年ころのも
のと聞いている、不成り酔象駒であって、私はこれが、(朝倉)小
将棋の駒とは考えない。根拠は、

太子成りではなくて不成りなので、朝倉小将棋には使用できないと
考えるから

である。なお、朝倉小将棋の酔象が太子成りなのは、朝倉小将棋の
詰み将棋の記録があり、解法の途中で太子成りに言及している点が、
例えば、証拠として挙げられると了解する。
他方、①興福寺出土駒と②木簡、計2例の”酔象”以外に関しては、

③京都府の上久世の内遺跡(1300年~1400年)の酔象が成
 り不明。
④福井県の朝倉氏遺跡(9次発掘・戦国時代)の酔象が太子成り。
⑤江戸本郷元町遺跡(江戸時代)の酔象が太子成り。

と認識している。従って、③~⑤について、私は
③はそもそも判断不明、④が朝倉小将棋、⑤が中将棋、と解釈して
いる。
 結局の所、興福寺出土の①と②の酔象が、未知の将棋種の存在を、
証明しているという解釈するのが、私の独自の解釈である。そして、

不成り酔象は、朝倉小将棋には使いづらいため、①・②の不成り酔
象が、朝倉小将棋の可能性は、ほぼ無いと、私は独自に思っている。

なお、この考えは、朝倉小将棋で酔象不成りの変種について言及し
た古文書が、仮に将来発掘されれば、私は当然変えるつもりでいる。
 そして、以下が全くの私見であるが、私は酔象という名の駒に対
し、webでは多数発見される、”異形感”が実はほとんど無い。
シャンチーにも、チャンギにも、シャトランジにも、チャトランガ
にも、”象”系の駒が有るからである。つまり、はっきり言うと、

 将駒が玉・金・銀と3種もあるのを、不思議がるのに比べて、
象駒の存在を不思議がる方が、将棋史研究家としては、実は筋悪な
着想だったと、

追々の将棋史研究家からは、振り返られる可能性が、かなり高いと、
私は個人的に予想している。9×9升目36枚制の平安小将棋にし
ても、朝鮮半島に隣接する国の、チェス・シャンチー・将棋型ゲー
ムとしては、銀将の代わりに、その位置に酔象が、初期配列で置か
れていた方が、むしろ自然というのが、私の個人的な考えである。
 従って、恐らく全く、わが国では広まらなかったのであろうが、
シャンチーの”相や象”の動きをし、後ろにも動けるため、桂馬や
香車と違って、成る必要が無いため、成らない酔象を銀将の代わり
に導入し、その点だけが、平安小将棋とは実質異なる、9×9、
8×8等の盤升目の小将棋の変種が、西暦1050年~1100年
頃の間、興福寺の主として中国・朝鮮半島からの帰化僧の間で、
一時的に指されていたといても、特に大きな不思議は無いと、私は
考えている。(2017/02/07)