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埼玉県松伏町上赤岩埋蔵金を束ねていた藁の謎(長さん)

 さきほど、埼玉県北葛飾郡松伏町発行の、歴史の旅、まつぶし
第3号を読み返してみて気が付いた事が有る。同町の上赤岩で
発見された埋蔵金は、40cmの深さの、水は明らかに、湧き出
ていない地面の土の中から、出土したにも係わらず、互いに融着
した銭に、

藁が通されたままの状態で発見されているのだ。なお、この
埋蔵金は、どうみても、地面に埋められてから出土した、
1979年時点で、550年以上は、経つものである。

つまり「足利持氏が公方だった時代までには、鎌倉府の、下河辺
荘における、称名寺の荘園に対する対応は、だいぶ整理され、
扱いが安定して来ていた」と言うから「西暦1429年より以降
の、年貢米換金銭の秘蔵」というのも、考えにくいのではないか
と私は思う。
ところで、ここで問題なのは言うまでも無く埋蔵金ではなくて、

それを束ねていた、セルロース製の「藁」が、紐として何故
550年以上も、普通の地面の中で、腐らなかったのか、

ということである。つまりこの場合、将棋史の研究家にとって、
大切なのは、埋蔵金よりは、藁で出来た紐の方だといえると思う。

腐らなかった理由は恐らく、銅貨が防腐剤の代りをしたのではな
いか、

と私は思う。つまり、水中で草木が腐りにくいだけでなく、銅等
の防腐剤の役目をする物品に、板切れが覆われていると、数百年
もつ事も、場合によっては期待できるかもしれないという事だと、
私は思う。このことから、

ひょっとすると、将棋の駒箱が銅箱で、その箱の中に、木製の将
棋駒が、銅粉が付着し易いように、ぎっしりと収められているよ
うな遺物が、仮に有るとすると、水中に無くても、駒が原形を、
とどめる可能性が有る

と、私には思えてくる。”井戸に落ちた将棋駒”と言うと、掘ら
なければ出てこないのが自明であるが、ひょっとすると、銅製の
ケース入りの将棋の駒が有るとすれば、それは、水中に無ければ、
絶対に残らないとまでは、言えないのではないかと、この赤岩埋
蔵金の紐を見て、私は注意させられたように思った。これは有る
意味、希望の持てる事実であるように私は思う。(2017/02/18)