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将棋類を描いた絵による、その時代の将棋のルールの解明(長さん)

 将棋に関連してこの”将棋盤類を描いた絵でルールを推定する”
議論で最も話題が頻出する絵は、何といっても鳥獣戯画の、”身分
の低い女性”等が、7×7升目前後の紙のような盤で、小将棋類と
みられる、ゲームに興じる絵であろう。ただし升目の数について、
鳥獣戯画の将棋図は、正確さを期していないと見られているため、
”7~9升目程度まで、いろいろなルールの可能性のある小将棋と、
までしか判らない”という定説に、私も今の所賛成するしかない。
 次に、私が珍しい図だと思ったものには、元禄3年(1690年)
に出版された、「囲碁」と「将棋」という、表題が左右にそれぞれ
ついた、人倫訓蒙彙の「将棋」の図である。この図は、

将棋の方の盤の升目を数えると、11×13升目前後の盤である

興じているのは江戸時代の町人らしい男性と、旗本武家の妻風に、
私には見える女性である。江戸時代になっても

元禄時代には、将棋と言えばまだ、中将棋の雰囲気も残っていた
のかもしれないと感じさせる絵だが、

碁盤の方が、少し大きく書かれている上に、囲碁盤の方の升目も、
12×12升目程度と、きちんと数えて書いていないとの印象な
ため、囲碁と将棋の相対個々升目のメッシュを、絵師が単純に間違
えただけの可能性も、否定できないのかもしれない。
 仮に人倫訓蒙彙の「将棋」の図だけしか残っていなかったな
ら、絵画の世界だけでは、日本の将棋は近世までは中将棋のよう
でもあり、日本将棋の近世の隆盛が、他の史料が無かったら判ら
なかったのかという事になるが、むろん将棋の絵は他にもあるので、
そのような事は無い。
 西暦1500年頃に狩野元信が描いたと伝わる、国立博物館の
「厩図」に描かれた、短い足が有り、現在も良く見かける木製盤の
ように見える将棋盤の升目は、確かに9×9升目である。よって、
文献に有るように、室町末期時代から戦国時代にかけて、9×9
升目制の、今と同じ升目盤の小将棋が、標準的な小将棋として、
この時点では少なくとも指されていた事が、はっきりと証明できる
と、この絵の繊細な写実性から、私も充分に承知する。
 日本の中世時代の絵画について、現時点でどの程度の将棋情報が
まだ埋もれていると推定されるのかについては、私は専門家で無い
ため、皆目見当が付かない。が、私にも空白時代と認識される、西
暦1300年近辺の時代の落書き程度の絵画で、13升目の将棋盤
の図が仮に、1点だけでも出土すれば、大将棋の研究史に、大きな
変化が起こるとみられる事だけは、現時点でも充分に予想できてい
るつもりである。(2017/04/07)