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玉、金、銀、銅、鉄将は何処の国の軍隊か(長さん)

日本将棋にしても平安大将棋にしても、外国のチェス型ゲームと
違い、駒の名称に金とか銀とか銅とか、宝玉の甲冑を身にまとっ
た事を意味するような、将位の駒があるという特徴がある。
水無瀬兼成の将棋部類抄によれば、これらの駒が、最下段に配列
されている事からも判るように、将棋類の初期配列は(古代の)
”宇宙モデル”を表すため、そのような名称の駒があるとなって
はいる。
 しかし、駒名に”将”が付いているのだから、戦争ゲームで
ある将棋の場合、貴金属を身にまとった、10世紀ころの軍隊が、
駒のモデルとした方が判りやすいだろう。金、銀、銅、特に、
古代、東北地方に砂金の産出量が多かったと言われる日本の場合、
天然資源をある程度は持つものの、精練能力が乏しかったため、
加工製品の製造量には限りがあり、”金の将”とか、”銀の将”
とかを生み出す、甲冑等までは、生産できなかったのではないか
と見られる。よって、

玉将、金将、銀将・・は、元々は古代日本の軍人では無いと、
私は見る。

 そこで、外国に目を向け、中国付近の歴代王朝で、10世紀近
辺で軍隊を持ち、その甲冑が黄金に輝いていないかどうか、調査
もした。そのような甲冑絵図の成書はあるため調べてみると、そ
のような甲冑を持つ国は、中国とその隣国には、その書の絵図に
は無いようであった。ただしたまたまだったが、成書には、吐藩
と大理の甲冑が見当たらなかった。そこでこの2国について、更
に、webで検索してみた。
 まず吐藩国の甲冑については、無彩色で地味なものであり、
玉、金、銀将等の候補から、外して良さそうだった。更に大理国
については、

白族の民族服を連想させる、朱色の模様が、銅や鉄の色の地に、
描かれたような鎧を着ていたとの、アメリカの博物館の展示品
情報が目に留まった。つまり、
大理国の鎧も、少なくとも玉将、金将、銀将を連想はさせない。

 そうすると、玉将、金将、銀将は、しょせん今のコンピュータ
ゲームのキャラクター一般と同様、創作的に作られた仮想の世界
の産物なのかと、一見は考えられる。
 が、コンピュータゲームと異なり将棋の場合、二人で行うため、
個人の心の中にだけ住む世界が、限られた人数の趣味の世界に留
まるならば、日常普通に付き合う隣人にも共感させる事が、もと
もと困難なものとなり、とすれば、そうしたキャラクターを使用
したゲームが、乾燥した枯れ草に付けられた火のように、伝えら
れると同時に、またたくまに流行るのかという点で、やはりクエ
スチョンなのではないかと、私には思えた。

玉将、金将、銀将とは、何らかの方法で、おなじ社会に住む者が、
共通に興味を向ける、客観物としての要素が、西暦1000年頃
には、やはり有ったのではないのだろうか。

実は前述の大理国についは、鉱山国という事で、水晶、金、銀に
関連しており、前から私は目をつけていた。がさらにwebを検
索すると、次のような情報に到達した。
1.大理国は宋や吐蕃国等へ、象皮を加工した甲冑を輸出してい
た。
2.大理国の遺跡である、崇聖寺千尋塔からは、蔵塔文物と評さ
れる、金・銀・銅・鉄および鍍金の金銅仏153躯が主で、その
他、泥塑・木彫・水晶・石彫などが少しある、合計多数の仏像や、
77点の仏塔の模型、金銀の宝飾品22点、印章、銭幣11点な
ど数多くの、宝物が発見されている。
おそらく、中国宋の交易業者から日本人、たとえば大宰府の私貿
易を、西暦1000年頃に担当していた軍・役人は、大理国が、
軍人用甲冑の生産地である事は、そのとき聞かされていたであろ
う。その軍服・甲冑は、実際には現在の白族の民族衣装を連想さ
せる、赤と鈍い金属色の混じるデザインだったのだが、それに
加えて、日本に於いてはコストの面で成り立たず、とっくに衰え
てしまった金銅仏が、その時代にも多数作られている話等を聞か
されれば、鉱山王国大理国の軍人、特に一族の長や将軍は、水晶
や金や銀で出来た甲冑を、当然身にまとっているだろうと、日本
人は想像したに違いない。
 そしておおかた、「大理国王室の将棋だ」と称して宋の商人が、
実際に将棋の道具を輸入しようとしていたのだろう。そしてそれ
は、金銅仏を、小型にデフォルメしたような、水晶仏、金仏、銀仏
とでも、名づければ妥当な立体駒が、現在の、玉将、金将、銀将
の所に並んでいるような、そんな王族仏教の匂いのする、絢爛豪華
な将棋駒を含む、適宜製作された将棋道具だったに違いない。
とすれば、

仏像と軍人の将軍駒とは、一見すると全く違うが「大理国の皇帝
は、歳をとると皆仏門に入ったという話であるから、大理国の水晶
玉仏像と玉将、金仏像と金将、銀仏像と銀将・・・とは、まあ、
いっしょと言えばいっしょだ」と、当時日本では、その新ゲームの
駒名を、解釈したのかもしれないと私は思う。

何れにしても11世紀頃日本は、国内で金銅仏を、どんどん生産
できるような、貴金属精練加工立国では無かったので、玉将、金将、
銀将・・・が現実の世界を有る程度写した、虚構ではないキャラ
クターだとすれば、もともと将棋ゲームが、純日本産であるにし
ては駒名称がおかしいと、個人的に私は、平安小将棋国内起源説を
疑っているのである。(2017/04/16)