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新安沖沈没船木製遺品の一つ”五目並べ盤”の謎(長さん)

ちょうど2年前くらいの事であるが、将棋史研究家の故溝口和彦さ
んの指摘で、新安沖沈没船の木製遺品の一つ「遊戯盤」、定説では
”五目並べ盤”を、私は成書でチェックした事があった。
増川宏一先生の遊戯史本「囲碁」に載っている写真で、後期大将棋
の盤を試作した経験を持つ者からみても、写真を見ると、いっけん
すると、溝口さんの言うように15升目の後期大将棋用の盤と、
思いたくなるのも、しかたないというしろものである。すなわち、
格子を升目と見る場合であるが、下から五段で龍馬と角行の前升目
に配置される、歩兵の頭同士に接して、聖目が来るように、5目ご
とに、星が打ってあるように、写真からは見える一品である。
ただ、実際の所、この盤が線盤としても、何路×何路の盤なのかは、
良くわからない。写真からは”数学的に”、

16+5×m,16+5×n 盤と、表現できるものである。

ここでmとnは或る自然数である。このように表現できるのは、
写真には縦列の右袖の縁が写っていて、16路×16路盤だとした
ときには、上と下と左の端線だけが、ちょうど、欠けているような、
写りになっているからである。ここで係数の5は、聖星と聖星が、
5線ごとにあるから、見栄えからすると、その倍数パターンで、
盤の線が、写真の外側で引いてあるのだろうと、推定されるという
意味だ。成書で五目並べ用の盤(?)となっているのは、m=0で
かつ、n=0の場合のようである。むろん、現物は韓国の博物館に
あるのだから、

情報が失われてしまったのではなくて、単に我々が、教えてもらっ
ていないだけである。

 現物に定規をあてればそれまでなのだが、この升目が碁石を置く
間隔なのか、将棋駒で、ちょうど良いのかは、我々には良くわから
ない。当時溝口さんと議論したときには、この遊戯盤をカヤの柾目
の板と仮定し、

木目の間隔が4mmの未満であるとすれば、 問題の盤の縦横線の
間隔、升目と見たときのその大きさは、2cm以下の可能性が
大きい

としたものだったと記憶する。これから、個人的に私は

新安沖難破船出土、遊戯盤は、定説通り碁盤盤の類と結論した

のだが、何とも、頼りない議論ではある。
 むろん、この盤が将棋盤なら、

普通唱導集大将棋は、定説の通り15×15升目の疑いが濃くなる
ので、このブログに関連しては、きわめて大きな影響がある。

 その後、この盤に関する情報量は、残念ながら特に増えていない。
”韓国人が騒がないのだら、朝鮮高麗時代~李氏朝鮮時代の広将棋
関連という事でもないのだろう”と、間接的に推定して、泣き寝入
りしているのだが、考えてみれば情けない話だ。がそれが、この学
術領域の現実だ。現物の写真に、縮尺が入るだけで良いのだが、
どこかに再度、この遊戯盤が発表される機会というものが、本当に
ないものなのであろうか。(2017/04/30)