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”仮説”大理国の原始平安小将棋に、象の無い理由(長さん)

私が若い頃聞いた話に、西洋流の星座に”わに”や、”象”が無いから、
エジプトやペルシャ起源ではなく、メソポタミア(イラク)起源だという話
がある。その類推からすると、もし、原始平安小将棋が、大理国起源とすれ
ば、大理国には象が余り居無いので、象駒が銀将へ変化した事になる。
しかし実際には、東南アジアに近い中国の雲南省には、所々の森林に、今も
インド象(アジア象)が生息していると、聞いている。これは、星座の話と
は合わないが、どう説明すべきなのであろうか。結論を述べると、

象を武器として盛んに使用する地域が、インドからヨーロッパ・北アフリカ
までであるためだと思うが、びしっとした説明は出来ない

ように、私は思う。なお、現在インド象は、インド・ビルマ・タイと、その
周辺だけに居るが、昔は中国の南東部や、中東はペルシャまでが生息域だっ
た。だから、シャトランジに、象駒が有るのは同然であって、更にはヨーロ
ッパ人も、アレキサンダー大王が遠征の結果、武器としてのインド象を、
ペルシャから持ち込んだため、ヨーロッパ人にも、象をチェス型ゲームの駒
に加えるという点で、違和感は無かったとの事である。いずれにしても、
中国や、ほぼその伝来と推定される、朝鮮半島の象棋には、中国人が古代よ
り象を知っていたため、象が有っても不思議はない。なお、象棋の”象”は
天象の”象(しょう)”であって、動物の象ではないと、私は聞いている。
そして、

日本には象が、居無いので、北から小将棋が伝来したとか、国内起源だった
としたら、象が銀将に代わって、当然だったのかもしれない。

ただし、モンゴルのシャタルは、象駒は確か”ラクダ”だから、何れにして
も伝来だと、びしっと説明できたとはならない。更に「タイのマークルック
が、象駒が”根”になっていて、日本の将棋とは、象が無いと言う点で同類
である」という説を聞いたことがある。が今の所、タイの象棋の象駒は、
”根または象”であると、個人的には認識しているので、上記”根と銀将を
同質化する説明”にも、私は充分には納得はしていない。なお、タイ王国は、
戦いに象を使った、最後の国との情報がwebにもある。
 何れにしても今の所、

象を銀将にしたのは、象はその地域に居たが、北宋時代の大理国が初めて
だった、

という線で、私は理由を考えてみるつもりで居る。イメージとして、山岳地
帯の戦闘では、象は山登りが苦手でかつ、人力等別の力を使って、象の山越
えをする事も、重量が大きすぎて困難なため、川沿いで農業用の家畜として
は使えるものの、軍人や敵を蹴散らす武器として使用するための、象使いの
乗り物等には、使用し辛いのが、理由かもしれないと思う。がこの説明が、
銀将に置き換える理由付けとして、どんぴしゃであるとは、私は思って、い
無い。雲南の鉱山の銀の産出量が、南詔の時代より、大理の時代の方が格段
に多くなり、王朝宮殿での、銀の食器や装飾品等の使用量が増えたため、

駒としての象の名称が、雲南では、象→象将→銀将と変化した

とか、何か経緯があるのかもしれない。何れにしても、2~3の既存の説明
を、私も知っているが、

既存の説には、充分に納得すべきものが無い上に、だからといって私にも
良い案が無い

と、このブログには現時点では、とりあえずはっきりと表明しておくことに
したいと考える。(2017/07/23)