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「朱仁聰と周文裔・周良史 : 来日宋商人の様態と藤原道長の対外政策」(長さん)

前回、大理国の黄金将棋具を日本にもたらし、日本に将棋が発生した
原因となった、中国北宋時代の交易商人として、周文裔の名を挙げた。
3年ほどまえ(2014年)に東洋大学の森 公章氏が、「朱仁聰と
周文裔・周良史 : 来日宋商人の様態と藤原道長の対外政策」という
論文を発表し、そのPDF版がweb上に流れている。
 ここでは、かなりの量の、この論文の全紹介は出来ないので、周文裔
が、日本に将棋をもたらした人物だと、匂わせる情報のみを書く。
西暦1015年に彼が来日して、藤原道長に払い下げられた孔雀等を
献上して以後、実は後一条天皇が即位してからしばらく、北宋商人の
来日は無かったようである。そして、次に来日した北宋商人も、周文裔・
周良史親子であって、上記論文によれば、なんと

刀伊の入寇の翌年の西暦1020年の事だった

と言うのである。つまり、次の西暦1020年には、

字の書いていない経帙牌を例えば数百枚、持って再度日本にやって来た

と考えれば、話は良く合うという事になる。また、彼ら以外に、将棋の
発生と関連しそうな、別の中国人交易商人が、かなり考えにくい、とい
う事でもある。
 なお、周文裔には日本人の妻が、たぶん日本におり”大宰府の条坊に
在庫の経帙牌を使い、日本の九州で、西暦1019年から将棋が指され
だした”との旨の情報は、自分の日本人の妻を通して、事の次第の詳細
な連絡が、中国の夫と息子の居る所へは、事前に行ったのかもしれない。
 それにしてもこの情報には驚いた。提供してくれた、東洋大の森公章
先生には、なんとお礼を言ってよいものか、私には判らないほどである。
(2017/08/14)

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