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栃木県小山市神鳥谷曲輪遺跡出土駒はなぜ角行なのか(長さん)

小山氏の城の東隣に位置し、恐らく南北朝時代に、小山義政
(1349?~1382)の館跡があったと見られている、栃木県
小山市神鳥谷曲輪遺跡からは、2007年の発掘で、裏が一文字の金
と書かれているとみられる、角行駒が、出土している。下野中世史の
研究家で、栃木県立博物館の、江田郁夫先生によると、1381年の
冬前後には、小山義政がここに居たとすれば、家族といっしょとみら
れており、従って、この出土駒は、小山義政とその正妻の、
小山よし姫(1354?~1382)の何れか、あるいは両方に、
関連すると見られる。なお駒数多数将棋ゆかりの、”藤原貴族”との
関係については、小山氏は藤原秀郷の子孫であり、小山よし姫も、
藤原氏筋の女性との記録が、鷲宮神社の棟札に残る。
 他方この地点は、1380年~82年の小山氏の乱の後の、室町時
代に、尼寺の青蓮寺になったと、江戸時代の旅行記に記録がある。従
って、出土した将棋駒は、上記の故人何れかの遺品の、寺での安置物
のような、使われ方の可能性が強い物品である。ではそうだとすれば、
角行ではなくて、①仏教にもっとつながりやすい、酔象とか、将棋の
駒の代表格の玉将、ポピュラーな歩兵等が、安置物とされるものとし
て使われなかったのは、何故であろうか。そこでまず、①の回答を書
く。これについてはこの駒が、復刻品だと考えれば、ほぼ説明がつく。

南北朝時代の遺物の雰囲気を出すには、摩訶大大将棋の駒に見える駒
種を選ぶのが、最も良い選択である

と、考えられるからである。つまり、仮に江戸時代の中期、西暦17
70年代頃には、小山市の青蓮寺には、”小山義政、小山よし姫のい
づれかにゆかりの、経年劣化して、文字が読めない駒”が残っていて、
その復刻が試みられたとしよう。文字種は寺に残る縁起と、整合性を
持たせるためには、その駒が、南北朝時代の雰囲気を出せる物に、す
る必要があるだろう。将棋の文献として、学生の教科書として、昔は
使われていた、異制庭訓往来の記載から、盤升目や駒数が1年の暦日
数になるような将棋種の、駒だと判るような、初期と成り駒を選ぶの
が、従って賢明だった。その際、アピールする相手が、

水無瀬兼成の作駒や、業績を知る、将棋史を詳しく知る人物で、摩訶
大大将棋の駒種を”ご覧になられれ”ば、水無瀬兼成著作の将棋図、
すなわち、将棋部類抄を、その方なら参照されるであろう事が自明

という前提がその際あったのだろう。水無瀬将棋図の調査から、その
結果、摩訶大大将棋で、成りが一文字の金と表現される事で特徴的な、
飛車、角行、竪行、横行のうちの角行が、選ばれたのであろうと、私
は考えるのである。しかし、考えてみると、摩訶大大将棋の駒らしい
駒は、これだけではない。自在王に成る玉将や、王子に成る酔象は、
作り物臭さがあるため、将棋駒の代表であったり、宗教的であったり、
していても、一応止めたとしても、
②飛車や竪行や横行、あるいは、金剛、力士、あるいは盲熊等、別の
摩訶大大将棋の駒を選択しなかったのは、どういうわけなのであろう
か。②の回答としては、

恐らく、寺に安置したときの、万が一の”盗難”を恐れた

ためと、私は考える。小山市のその界隈は、江戸時代中期は、宿場で
街中だったとみられ、旅人の往来がひっきりなしだった。青蓮寺も、
日光参拝のおりには、徳川吉宗が停留した、持宝寺関連とはいえ、持
宝寺とは違って、その末寺であり、天満宮を別当として持つと言って
も、天満宮自体もたいした規模ではなく、寺本体も小さかった。最大
で、現在の小山パレスホテル位の、本堂が有っただけだろう。よって、

珍しい中将棋風の書体のきちんとした、竪行や横行、成りが角行同様
一文字の金とは言え、”王より飛車を可愛がり”で人気の、飛車等は、
コソドロの盗難を恐れて、復刻品の駒種の候補からは、外された

と私はみる。その結果、表面を見ただけでは、いたってありきたりで、
青蓮寺の住職の説明を、”お聞きにならなければ、お判りにはならな
い”角行が、西暦1770年代の現出土駒として復刻の折に、選択さ
れたというのが、私の推理である。
 そして、以上の事から、この角行駒は西暦1776年に、徳川家康
および徳川家光の霊の祭られた、日光東照宮に参拝する予定であった、

第10代江戸将軍で、将棋指しで有名だった徳川家治個人に拝観して、
いただくための復刻品であった可能性が、かなり強い

と私は考える。すなわち成りの”金”の第1画と2画の書体が、
水無瀬兼成の将棋図、すなわち将棋部類抄の、摩訶大大将棋の成り金
の書体に、似せて作られているように、見える事から、2007年
出土品は、南北朝時代の、もともとの小山氏等の所持品の一部ではな
くて、江戸時代に、恐らく復刻品として作られた物の疑いが、かな
り強いと、私には思われると言う事である。(2017/09/16)

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