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玄怪録の将棋(宝応将棋)を、平安小将棋までに日本で短期間に改変可能か(長さん)

日本で一条天皇ないし側近が、表題のように宝応将棋から、平安小将棋まで
に、短期間に改変して、日本に小将棋が発生したという説がある。web上
での評判は悪いようで、主に”宝応将棋の、駒名を変えている根拠が不明”
との批判を複数、私は目にする。一番身近なのは、故・溝口和彦さんが、
自身のブログの、対応する話題で、書いていたのを私は読んだ事がある。
 さて以上表題の件についての以下、私見であるが、”駒名を敢えて替える
理由”としては、たとえば次のようなものも、考えられると思う。つまり、

金象将軍の相手である、天那軍に那という字が有り、それは暗に日本を指し
ていて、日本の敗北を暗示させるものだったので、牛僧儒の付けた将棋駒名
は、日本の軍隊を打ち破った、唐の軍隊の隊列名を暗示しており、そのまま
だと日本で使うのは、縁起が悪いので、全体として駒名を改変した

とするのである。具体的には白村江の戦いでも、持ち出すと良いのかもしれ
ないと思う。つまり、

駒名が違うというのは、このような場合、理由付けが、多少のこじ付けでも
よければ、何とでも考えられるので、それだけでは”日本の将棋が一条天皇
サロンで、発生した”との説にとって、致命的難点にはならない

と、私は思う。もう少し、改変の具体的経過を、チェックしてみる必要が
あるのではないかと思うのである。
すなわち、宝応将棋の原型は、一条天皇サロン説に好意的に、天皇側近等が
正しく宝応将棋を解読しているとすれば、3段目以下の自陣が、自陣から見
て、次のように現わされると、私は考える。

歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵
空升、空升、空升、空升、空升、空升、空升、空升
輜車、天馬、象将、金将、銀将、象将、天馬、輜車

実際には原将棋には、天、輜、歩の修飾字は無かったと見られる。
次に、日本に伝来した時点での、原始平安小将棋で、修飾字は、こちらも天、
輜、歩と書いてみる。元々、伝来したときには修飾字は無く、日本人が後で
桂、香、歩と付けたと私は考えている。また、上記の”不吉説”が理由で、
天、輜、は、たまたま桂、香になったと考えるので、もとの字を書いても、
将棋の内容を本質的に、変えた事にはなっていないと、私は見るのである。
恐らく宮中に、”桂”の材で出来た将棋盤を運ぶと、その桂の材が日本国内
のものであっても、シナガツラ同様、良い”香”りがするのであろう。

歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵
空升、空升、空升、空升、空升、空升、空升、空升
輜車、天馬、銀将、玉将、金将、銀将、天馬、輜車

ようするに、

南詔国から大理国へ変わった200年位で、玉将が入ったのを、日本の
一条天皇のサロンで、1年位で再現できるかどうか

が、”日本の将棋、一条天皇のサロンでの発生説”の当否の、本当のカギ
だと私は思う。そこで、上記の変化を、日本国内で起こせるのかと言えば、

たぶん起こせないと私は思う。今、同じ事をしても無理かもしれない。

理由は、

金に比べて、ホータン玉が価値上であると、日本人が本当に思うかどうか
が、謎

だからである。つまり、我々一人ひとりは、もの心付いたときから、日本
”将棋の玉駒は玉将である”と、それこそ、何千、何万回にわたって、聞か
されたから、そう思うのである。しかし実際に、ホータン玉で彫られた、
将軍の人形と、純金で彫られた、将軍の人形とを見せられて、漠然と、
”これらを使って新しいゲームを作成しろ”と言われたら、

純金の将軍人形を、中央左の玉駒の位置に並べないとも限らない

のではないか。つまり、冷静に考えてほしいのだが、玉、金、銀と並べたら、
価値は、玉>金>銀の順番ではなくて、金>玉>銀の順番のように、日本
国内の相場からは、ほぼ、そうなるのではないのだろうか。だいたい
2017年の現時点で、金はグラム数千円、玉に近い翡翠はグラム100円
から1000円、銀はグラム50円から100円位だろう。それは、一条
天皇の時代、すなわち平安時代中期の、西暦1000年前後でも、順番が、
日本では、同じであったような気が、私にはするのである。つまり本当の
所は、

玉>金>銀は、中国雲南省での相場にすぎないのではないか。

つまり、ホータン玉の将軍を駒に加えると、更に豪華さが増す事に、たま
たま、日本の一条天皇のサロンの、誰かが気が付いたとする。しかし、もし
日本の一条天皇のサロンで、唐代の宝応将棋を、北宋の時代に1年位の大急
ぎで、ホータン玉を加える方向に進化させ、日本で、原始平安小将棋を
作ろうとすると、恐らく以下のような将棋に、なってしまうのではないか。

歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵、歩兵
空升、空升、空升、空升、空升、空升、空升、空升
香車、桂馬、銀将、金将、玉将、銀将、桂馬、香車

つまり、日本の将棋は、

玉将ではなくて、金将を取られたら負けになるように、以降進化してしまう、

疑いがあるのではないかと、私は思うのである。
しかしながら実際には、そうなっていなかった訳であるから、

少なくとも日本の将棋の、もとネタ文献と”一条天皇のサロンで日本の将棋
発生”説で述べられている、宝応将棋のもと、すなわち南詔国の宮廷将棋は、
金や銀は山からかなり採れても、ホータン玉は何千キロも旅しないと、
産地に到達できないような鉱山の近くで、実際には原始平安小将棋に進化した

のではないかと、私は今の所、考えているというわけなのである。(2017/09/19)

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