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水無瀬将棋部類抄の摩訶大大将棋の無明は、斜め左前に行けるのか(長さん)

大阪電気通信大学の高見研究室により以前、水無瀬兼成の将棋部類抄を
おおもとにして、”摩訶大将棋”の復元が行われた。そのとき決められ
た、この将棋のルールは、摩訶大将棋連盟のページ等で紹介されている。
水無瀬兼成の将棋部類抄に、最も近いルールになっている事は、冊子の、
水無瀬将棋図(象戯図)島本町教育委員会発行(大阪府三島郡島本町)
から見て、明らかである。ただし、この将棋図から、駒の動かし方の
ルールを推定する際、次の問題が存在する。

古い古文書である上に、五角形の駒の周りに、赤い点で合法手が示して
あるだけなので、説明が文面で示されていない上に、点が若干不鮮明

である事である。むろん、全ての駒の動かし方が、100%確実で無い
と、ゲームの根幹の復元に支障がある訳でもない。爆発的に、ゲームが
盛んになり、金銭トラブルの元に、ただちになるという事が無いのなら
ば、時代による、僅かなルール変動の程度は、復元の際、許容する事が
大切であると、私は考える。しかし、それが場合によりけりである事も
確かで有る。今回表題に掲げた、無明の動かし方で、表題の通り

無明が、初期位置で玉将の前升目に移動するために必要な、左斜め前の
隣接升目に行けるルールなのかどうかは、YESかNoかで、この将棋
に、かなり重大な影響が出る

と、私は個人的に見ている。なぜなら、

それにより、居玉で、囲いに余り手をかけないで指した場合、玉前升目
に1枚、余計に利き駒ができるかどうかに影響し、詰んでしまうか、
自在王が出来て、逆転勝ちしてしまうかの、大差になる

と、私は思うからである。そして、島本町教育委員会発行の水無瀬将棋
図の印刷物を見ると判るのだが、

摩訶大大将棋の無明は、左の斜め前後の、行ける隣接升目を示す赤点が、
存在するように見え、かつ更に、それを消そうとして、薄くしたように
も見えて、有るのか無いのか、甚だ不鮮明

なのである。実は、無明という駒は、提婆という駒と、本来左右が、
反対動きの駒である。そこで、島本町教育委員会発行の水無瀬将棋図の
印刷物の摩訶大大将棋の、提婆の図を見ると、

対応する提婆は、右の斜め前後の、行ける隣接升目を示す赤点が無い
ように、書かれている。

ようするに私の覚え方で言うと、玉将から離れる向きに、金将の動きを
90°倒しておいて、真後ろへは、行けない動き、という事である。
ところが、有るのだか無いのだか、はっきりしない、無明の、消しが足
らないような赤点を足すと、

島本町教育委員会発行の、水無瀬将棋図の摩訶大大将棋の無明は、酔象
の動き

に下の写真のようになってしまうのである。概ね他の種類の駒なら

水無瀬無明.gif

”提婆の左右反対だから、消しの不足”と片付けたいところなのだろうが、

無明の左前隣接升目動きは、できるのとできないのとで、大違いなため、
後になって、間違った方を選択したと判ったら、対局データベースの、
かなりの部分が、存在価値不明になる恐れが有る

と私は思う。実は、無明は、江戸時代の将棋本では、銀将を倒した動き
で、銀将の後退方向にも対応する、斜め後ろへは行けないというルール
(無明の場合には、左後方へは行けない)等、”左前隣接升目動き”に
は諸説有って、不安定なのである。従って、水無瀬兼成の将棋部類抄に
準拠するという、統一方針で行くのなら、

水無瀬兼成文献の世界の中で、白黒を付けなければならない

という、性質を持っている。実は、水無瀬兼成の将棋部類抄は、彼が
自分で複数書いたのか、写本が複数あるのか、私は良く知らないのだが、

行ける升目を示す赤点が、全部の駒について完全には等しくない、複数
の巻物現物がある

事を、私も知っている。理由は岡野伸さんより、別の巻物の部分コピー
を、私がもらっているからである。従って、たとえば東京都立中央図書
館にあると、私が聞いた事のある、水無瀬兼成の将棋部類抄の島本町
紹介とは別の、将棋部類抄巻物の該当する、

別模写、摩訶大大将棋の無明の、行ける升目赤印の、左側の消しの状態
を見てから、摩訶大大将棋は、普及した方が、いまのところ安全なので
はなかろうか

と、実は私は思っているのである。(2017/10/16)

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