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日本将棋は、なぜ飛車が右で、角行が左配列なのか(長さん)

以下、いわゆる六将棋に、天竺大将棋を足した、概ね七種の歴史的
日本の将棋の、非対称駒の配列法則について、以下考える。
以下の議論は私見だが、日本将棋の成立時期に関する情報を含むと
私は見ている。日本の将棋は、標準平安小将棋と平安大将棋が、完
全に左右対称に駒が配列されたが、原始平安小将棋が、左側優先の
法則だったとみられるため、偶数升目の、中将棋と天竺大将棋は、
左優先配列になったとみられる。原始平安小将棋の状況を除くと、
時代順になるように、配列を変えて、各将棋の左右非対称駒の配列
の仕方を記すと、次のようになる。

後期大将棋:左に縦横動きの麒麟、右に斜め動きの鳳凰が来る。

  つまり、日本将棋と逆である。

中将棋:左優先配列となり、中央左が下段より、玉、麒麟、獅子
     中央右が下段より、酔象、鳳凰、奔王と配列される。
摩訶大大将棋:麒麟と鳳凰だけは、大将棋型。

  それまでとは逆に、右に縦横動きの鉤行、夜叉、金剛を配置し、
  左に斜め動きの、磨羯(磨は摩。羯は通常魚偏)、羅刹、力士。

  その他、臥龍、古猿、蟠蛇、淮鶏の非対称駒。左車右車がある。

日本将棋:袖に縦横が右で、飛車、斜めが左で、角行を置いている。

大大将棋:中将棋のように最下段が左優先で、互い違い配列。
   3段目は右優先に変わり、右に角行、左の対応位置に堅行。

  袖に、縦横が右で、鉤行、斜めが左で、天狗を置いている。

   その他、白象香象の非対称、四神の白虎と青龍、四方の蛮族
   駒、左車右車がある。
泰将棋:摩訶大大将棋の仏教駒を含んでおり摩訶大大将棋に準じる。
    四神、四方の蛮族駒がある点は、大大将棋と同様である。
    大大将棋と異なり、香象が無いが、行鳥と古鵄の非対称
    性が有る。左車右車もある。
天竺大将棋:中将棋を踏襲する。

なお、和将棋は大大将棋型と見られる。
以上のまとめで、日本将棋を、摩訶大大将棋と大大将棋の間に、私
が意図して置いたように、私見では、

日本将棋の成立が、摩訶大大将棋と大大将棋の成立の中間であった
事を示唆している

と私は、思っている。なお、後期大将棋は、古さをかもし出すため、
麒麟と鳳凰を、麒麟左で並べているのだと私は考える。のでこの将
棋だけ、上の並べ方で成立年順には、なって居無いと、私は思う。
なお、上のまとめから、

七国将棋の、偏裨の左縦横右斜め型の、大将棋の麒麟・鳳凰から、
逆転して、左斜め右縦横型になったのは、摩訶大大将棋の成立から

だということになる。ただし、摩訶大大将棋の非対称駒は、中央列
付近に限られていたため、日本将棋のパターンよりは、大将棋の
流儀に近いと見る。そいて摩訶大大将棋で、このような逆転が
起こった理由は、以下私見だが、

麒麟のある左側の駒により攻撃する将棋であるため、麒麟以外の
攻め駒でより強いものを、右にし、攻めまでの距離を、少し長く
して将棋に変化を持たせるため、

だと、私は思う。つまり麒麟の存在による、結果としての”縦横駒
右辺置き”ということではないかと思う。このような調整は、大大
将棋の1段目と3段目の左右強弱反転にも、受け継がれたのだろう。
この一回有った、摩訶大大将棋の、左辺右辺の強弱を調整するのが
目的の、左右の縦横と斜めのたまたまの反転が、日本将棋の、
北宋将棋・七国将棋とは逆の

”右へ縦横動きの飛車を配列する”に、ひょっとしたら受け継がれた

のかもしれないと、私は考えている。以上の事から、摩訶大大将棋を
指す人間は、何時の時代も日本将棋に比べると、極めて僅かであるが、
全く無視してはならない将棋なのかもしれないと、私は思う。
(2017/10/20)

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