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猛将は悪狼・猛豹・猫叉が、西暦1300年の大将棋に無い証拠(長さん)

 以前、普通唱導集大将棋(西暦1300年頃)に石将が無い根拠と
して、中将棋から鉄将を除いて、”中”らしくしたのは、鉄将までしか
その時点での既存の大将棋に無い証拠、という論を述べた。
 また、もっと前に、悪狼は悪党の”しゃれ言葉”であり、鎌倉時代末
期まで、後期大将棋が無かった証拠に、挙げた記憶がある。その際、
猛虎のメスとしての猛豹や、十二支から外れる猫叉についても、論じた
かもしれない。
 何れにしても、中将棋(西暦1350年頃成立が定説)より普通唱導集
大将棋(1300年)の方が古く、15×15升目130枚制後期大将
棋の方が、中将棋成立以降のものであり、1300年版では無いと言う
ためには、石将、悪狼、猛豹、猫叉が、13升目108枚制とみられる
普通唱導集大将棋に無いという、もっと確かな証拠を、探す必要がある。
 なぜなら、後期大将棋から以上4種の駒だけを取り除くと、本ブログ
のモデルの、13升目108枚制普通唱導集大将棋の駒構成にほぼなる
からである。つまり両者には、もともと大きな差は無いと言う事だ。
なお、この4種類の小駒が減ると、大駒割合が増えるため、普通唱導集
で流行っているように詠まれる程度の、”ゲームとして出来の良い将棋”
に変身するという訳である。
 そこでここでは、以前のべた、以上4種類駒の欠落の根拠として、
総じて12支駒に含まれて居無い等という、過去示した証拠に加えて、

室町時代の国語辞典に載っている”猛将”という単語について、言及

しておく。
この単語は、三省堂時代別国語大辞典、室町時代編によれば、意味は
読んで字の如くで説明に要する点が無いのだが、室町時代に特有の、
有力な侍頭(将軍)を、賛美する言葉であるとのことである。

ところで中将棋では、一段目列に猛豹が配置される。

仮にだが、その理由を”猛豹”と”猛将”の洒落言葉にもなっている
からだと考えてみる。すると、

猛将を猛豹と洒落るのは、悪党を悪狼と洒落るのに、発明した人間の
思考のタッチが、明らかに似て居る

事が判る。
つまり、猛豹が中将棋で1段目に配置され、将と同格になったときに、

悪党を悪狼と洒落た疑いが、微かだが感じられる

と私は思う。なお本来の悪狼という語は、どちらかと言えば庶民の用語
で、山に住む狼の妖怪のうち、人殺しを働く方を言うらしい。つまり、
どちらも、南北朝時代には、ありきたりの言葉かもしれないが、
妖怪であるという点で、悪狼は猫叉と類が同じで、連想して同時に将棋
の駒になりやすいと、推定する事が出来るかもしれないとも言える。
だから、

悪狼、中将棋1段目猛豹、猫叉は、1350年頃に成立したものであり、
西暦1300年時点での、普通唱導集大将棋の時代には、将棋駒として
は存在しなかった

疑いも私には、淡いが感じられる。以上のように

猛将という、室町時代の流行単語があると言う事

だけしか無いとすれば、確定させるには余りに曖昧だが。12支とか、
悪党が活躍した時代に、蒙古の脅威は減っていたとか、その他の知見
を上記と組み合わせると。悪狼・猛豹等は、猛将という室町時代だけ
の流行り言葉の存在という点からみても、猛豹を銅将の隣に置いた、
中将棋の成立が引き金になって、生まれた駒。逆に言うと、普通唱導集
の大将棋には無かった駒。それ臭いように、私には感じられるという
わけである。(2017/11/13)

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