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閉会にあたっての、増川宏一氏の挨拶原稿を入手した(長さん)

2017年11月25日、東京都新宿区の高田馬場にある、富士大学4階
教室にて、”遊戯史学会・第28回例会”があり、大部分の時間、私も
それに参加していた。奇しくもだが、私の席の隣に、この学会の会長で
ある、増川宏一氏が座っていた。なお、私は途中の休憩時間には、後ろに
展示された、各国遊戯具の見学をしていた。
 参加者全員に、増川氏から閉会にあたっての挨拶が、口頭だけでなく、
今回に限りだと見られるが、文面で配布され、私も一部入手した。このよ
うな、カテゴリーの情報入手が、今回の参加の主たる目的だったので、こ
れは、たいへんありがたかった。

この文書はゆくゆく、遊戯史研究の第一級史料(文書史料)とされる事は、
ほぼ間違いない内容

だと私は思う。文面の内容で、最も大切な閉会理由については、全く触れ
られていない。が、以下の内容が、明確に書かれているので、後世、この
文書はこれ自身が史料として、たいへんな価値を持つに違い無いと、私は
思う。つまり冒頭に、

今回で、閉会する事になった”遊戯史学会”は、西暦1987年に、
増川宏一氏が、ほぼ独力で創立した

と、明解に書いてあるのである。恐らく、今後いろいろな”俗説”が出た
としても、この文書の信憑性さえ揺らがなければ、学会一般として極めて
異例な、上記の事情が正しい事は、この文書だけから、充分明らかになる
と、私は思う。
 なお設立の理由は、”特に現在ではマイナーなゲームの、消滅を防止す
るため”と、この文面で、これも明確に唄っている。

つまり、危機に瀕したケーム界を支えるのが、少なくとも会の中心人物が
目指した当初の設立目的

だったのである。また、発足に際して

新聞社に流して、報道してもらった

という事である。この事から、学術学会一般には無い、学者集団のようで
もあり、エンターティナーである、例えば将棋棋士とも繋がっているよう
な、宙ぶらりん体質が、少なくとも初期には有ったと、推定もできそうで
ある。
 なお、今回参加した所では、積極的に質問していた方が、関西訛りの少
し有る、本ブログでも、何回か紹介した事の有る、某大学の先生のようだ
ったと私は認識するので、増川宏一氏の上記の、会の待ち上げ方に関する、
余り見かけない表現は、遊戯史学会の、今は昔の体質の反映なのであろう。
 なお、以前日比谷図書館で入手したパンフレットには、今回の遊戯史学
会例会の会場の、案内担当のように表現されている”東京富士大学のY先
生が、実際には例会の世話役を、ここ数年、安定して担当されていた”と、
書かれている。従って、会の解散理由として、

例会の維持が難しいから、この会が解散したとは考えにくい

と言う事が、増川氏のこの重大な文書から、明らかに後世になっても推定
できると私は思う。実際Y先生という方は、現時点で定年に近い風貌の方
には、私には見えなかった。
 なお、学会かどうかは別として、一般にサークル団体の場合、公的施設
を借りる際の届出といった、日本の役所の面倒な体質から、理事役を置く
だけでなく、理事会を形の上でも作るのが普通である。会長は通常、その
互選等で形式的には決まり、更にこれまた形式的にせよ、会の一般会員の
全員の出席する”総会”にて、可決される形で、任期を形として決められ
て、任命された形で、なるものである。学会という名前にしたために、
もしかすると、かえってそう、し辛く、なってしまったのかもしれないが。

結果として実質的に、会長自体が更新されない体制にしてしまった事が、
遊戯史学会が、30年の短命で終わってしまった原因の、少なくとも一つ

と私には、内情は会員で無いので、詳しくはわからないが、推定できた。
少なくとも、この文献だけから判る明らかな事実として、以上の各点は、
後世でも読み取る事が、充分でき、遊戯史研究に資するのではないかと、
予想する事ができる。(2017/11/26)

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