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鎌倉御家人の本拠地から出土した小将棋系の将棋駒(長さん)

前回、奥州藤原氏も入れて、鎌倉御家人の本拠地から出土した、大将棋
系の駒3個について、存在する理由を考察した。実はカウントで、小将
棋の出土駒を、この場合は除く、理由が無いのにその後気がついた。
そこで、天童市将棋資料館発行の、「天童の将棋駒と全国遺跡出土駒」
に、とりあえず書かれている分で、まだ取り上げて居なかった、小将棋
系の鎌倉御家人の本拠地出土駒を、探してみた。この成書の表に、苦労
して調べなくても、鎌倉御家人のチェックがされていて、

秋田県横手市手取清水遺跡出土の、裏一文字今桂馬駒だけ

のようである。なおここは、鎌倉御家人の一、安芸平賀氏の、鎌倉時代
のみの、本拠地との事である。ちなみに安芸平賀氏も、藤原姓との事で
ある。
 天童の将棋駒と全国遺跡出土駒の、鎌倉時代から南北朝時代の遺跡数
としては、公家の居る、鎌倉、京都とその周辺、太平記で将棋盤を盾に
使った少弐氏の居る大宰府と、その周辺を除くと、11箇所となってい
る。なお徳島県の川西駒は、このリストにはまだ無いが、寺であるから、
ここは違う。
 そして11箇所のうち、鎌倉御家人の本拠地から出土したとされるの
は、この本を見る限り、上記の一箇所だけである。よって確率は10%
以下と、明らかに少ない。
 ちなみにwebの情報によると、藤原氏の末裔である、安芸平賀氏の
始祖の松葉資宗は、源平合戦で手柄を挙げて、源頼朝から、秋田県横手
市付近等、全国の何箇所かの地頭職を安堵され、鎌倉時代末頃まで、
秋田県を本拠地としたという。その後、本拠地を名前の通り、安芸に変
えたようだ。栃木県の小山氏と、大体はいっしょの立場のように思える。
 ところで出土した将棋駒は、こちらの方は特殊性は無く、かなり字の
しっかりとした、

普通の桂馬の駒

である。こちらは、実際に鎌倉時代の、ものかもしれない。家宝なのか、
実際に、平賀氏一族が、これで遊んだのかどうかは不明だ。何れにして
も、鎌倉御家人の頭数に比べて、その本拠地から出土する出土駒の、絶
対数自体が、たいした事が無い点だけは確かだと、私にも確認できた。
(2017/12/30)

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