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二中歴小将棋の銀将が、臥龍駒である可能性は有るのか(長さん)

2018年1月18日前後の、高見研究室の摩訶大大棋のブログに
よると、二中歴の銀将のルールは、五方向のマークルックの根の動きで
はなくて、摩訶大大将棋の臥龍の動きだそうである。ルール記載で、
不行左右下は、不行左右上(不行頭両角の意味)の誤記だというのである。
 そこで、さっそく8升目制の平安小将棋を、銀将を臥龍に変えたルー
ルで、以下の写真のような道具を作成し、最近指してみたので報告する。

高見小将棋.gif

結論から言うと、ゲームを実際に行ってみた限り、

本来臥龍の動きだった銀将を、マークルックの象と間違えた可能性は
少ない

という

高見研究室の論を否定する結果

になった。理由を最初に書いてしまうと、

相手を裸玉にすれば、勝ちであるというゲームにならないで、簡単な
千日手で、引き分けになる事が多いために、二中歴の小将棋の記載と
合わなくなり、よって二中歴の著者が、銀将のルールの記載を、間違
えている可能性は少ない

と、考えられたからである。なお、本ブログでは、

二中歴の小将棋の、末備裸王ルールの記載は”裸王の、自殺手に対する
優先”を主張する目的で、記載されている

との立場を取っている。
 次に結論がこうなってしまう、理屈を簡単に述べる。
 そもそも、8×8升目32枚制の平安小将棋では、旦代の難点を旨く
切り抜けて、駒の斬り合いが続く。そして互いの棋力が、ほぼ等しけれ
ば、このケースは、終盤

互いに、玉と臥龍が一枚づつ残り、盤の9段目の外側に座って指して
いる先手が、4段目に玉・臥龍を水平に並べ、盤の1段目の外側に座っ
て指している後手が、5段目に玉・臥龍を水平に並べた棋譜に、なって
いる

と、推定される。
 そして、この状態からは、互いに相手の陣に近い位置にある、自駒
を、自陣に引き戻すように指して、臥龍を取れば、裸王で勝ちになる。
しかし、重要な事は、相手に押されるのに”つられ”て、

自分の臥龍を強くするつもりで、相手陣で成らせては、だめ

なのである。なぜなら、自分の駒と自分の体が、相手の駒を挟み撃ち
にしているような、臥龍の1枚づつ残った8升平安小将棋のケースは、

玉と金(臥龍)成りの側の方が、玉と臥龍よりも、かなり不利

なのである。つまり成り臥龍は、後戻り攻めが出来ないため、臥龍が
まだ、成って居無い、相手に攻められて負ける確率が、高くなるから
である。そこで、両者中段で、がんばろうとするのだが。このケース
は、

升目が8段、中間段が2段しか無い事が、仇になる

のである。つまり、上記の手では指せる手が、両者限られてくる。そ
のために、

4手で循環する千日手になやすく、戦いが続かなくなる

のである。だから、

もともと玉プラス成り金の、2枚づつ残りの8升目タイプの
平安小将棋は、注意深く指せば、引き分け必然

なのだが、その2枚が臥龍プラス玉の場合には、引き分けがみえみえ
になる。そのため誰も、裸玉を目指して、更に進めないうちに、引き
分けにしてしまったに違いなく、二中歴に、平安小将棋の裸玉記載が、
特に強調されて伝わったという事実と、矛盾すると私は見たのである。
ようするに、

二中歴の平安小将棋の記載は、銀将のルールが間違っていたとしたら、
最後は、”裸玉の勝ち”の記載で、〆られてはいなかったはずだ

と、私は推定する。従って、

二中歴の平安小将棋の著者が、銀将のルールを書き間違えている可能
性は、かなの低いのではないかと、私は、上の写真の将棋を実際に
チェックしてみて思った。

 以上ではなはだ簡単ながら、この件の報告を終わる。
 高見研究室のブログの、今述べた論に関係したページには、

”銀将の駒の動かし方のルールについて、ここで異説を述べても、注
目者は、余り居無いのではないか”

との旨の記載もある。が、当サイトは、高見研究室の摩訶大大将棋の
ブログに、なんらかの新説が述べられた場合には、それに対して、比
較的速く意見を述べる事のある、今や有力なサイトの一つに成長した
と、勝手に自負しているのである。(2018/01/20)

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