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シャンチー兵卒の河越え成りルール。鉄将から前横一升へ変化の意味(長さん)

岡野伸氏の1999年の著作である、彼の自費出版書、「世界の主な将棋」
には、中国シャンチーの歴史に関して、朱南鉄著書の「中国象棋史叢考」の
紹介があり、その中で表題のような、日本では、他には余り紹介の無い、
シャンチーの兵卒駒の河を越えた所での

成り駒のルール変更という、たいへん大事と私は見る情報の紹介

がある。すなわち、表題のように、後期大将棋の鉄将の前3方向歩みから、
現在の、水無瀬兼成の将棋纂図部類抄の嗔猪の動き、すなわち、前と左右
横に、それぞれ一升歩みに、変化したというのである。
 これが、なぜ大切なのかと言えば、

その成りの動きが、士(大臣の駒)ではなくて、兵卒+駒を取った時の
チェス/ポーンを足した動き

と、解釈できるからである。なお、駒を取った時には、斜めに兵が進むの
は、チェスと、古イスラムシャトランジ、古チャトランガ、現東南アジア
象棋、モンゴルの古チェスと、たいへん範囲が広い。すなわち、

シャンチーの河越えの成りは、元々成りが目的ではなくて、中央付近で、
ポーンが、相手駒を取った時の動きの擬制

とみられるのである。つまり駒を取った時だけ、兵卒の動きを変化させる
というのでは、シャンチーの棋士の、少なくとも一部には、「判りにくい」
と評価が悪かったため、プロト・シャンチーのデザイナーが、駒を取って、
兵卒の筋変わりが起こるのと、

ほぼ、等価な効果を与えるために、中央付近から、兵卒の動きを変更した

と、考えるのが自明のように思われる。そうしたのも、イスラムシャンチー
の兵の動きのルールを取り入れる際の、たまたまの変更だったのかもしれ
ない。
 しかし、そうした結果シャンチーでは、兵卒が段奥で、本当の成りルー
ルらしくは、成れなくなってしまった。つまり、成ろうとすると、
2段成りになり、判りにくくて、採用できなかった。そのため、岡野氏も
書いているように、段奥で

兵卒が行き止まりになるのを避けるために、筋転換を、実質同じの、斜め
前から横への動きで、代用

したのであろう。なお、中国シャンチーが伝来し、砲のルール調整の過程
で、兵卒の動きを再調整した、朝鮮チャンギでは、上記の新しい成り兵卒
の動きが、最初からの動きに、更に変更されたとみられる。

以上の事から、元々中国シャンチーは、駒の動かし方ルールが、砲以外、
イスラム・シャトランジに、塞馬脚等の、これも後からの変更と見られて
いる象・馬の細則を除くと、全くもって類似

と結論できる。従って、中国シャンチーは、インド・チャトランガから
の進化の過程で、一旦西アジアに行ったゲームが、中世のイスラム文明と
共に、再度東アジアに戻ったものであるとの証拠が、兵卒の成り規則の
変化にも、痕跡として明らかに残されているのだと、私は考えるのである。
(2018/02/04)

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