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興福寺西暦1058年の木簡の歩兵。なぜ新字体の”歩”なのか(長さん)

今回は、国語が得意な方なら、どこかで、聞かれた事のある話だと
思われる。現在我々が普通に用いている、日本語の漢字は、太平洋
戦争の後、西暦1946~49年頃に、日本の政府により標準化さ
れたものである。従って、いわゆる昭和の戦後作成の現代駒を、問
題にする場合は別として、歴史的な考古学資料としての、出土将棋
駒の書体は、その時代の別書体の物と見られる。そのため、今の書
体とは、場合によっては異なると予想される。ところが、例外があ
り、歩兵の”歩”の字は、最古の将棋駒関連遺物、すなわち、

興福寺で前世紀に出土した、西暦1058年頃埋設の、木簡に歩兵
と書かれた駒名の”歩”の字が、現代の当用漢字表の歩の字と同じ

という例がある。そこで今回の論題は、なぜ、興福寺では、戦後の
当用漢字の字体で、歩兵という字を書いたのかという事にする。
 最初に、いつものように答えから書くと、

新字体の歩が、相当前から間違われていた”俗字”だから

だとみられる。なお、正しい字は、パソコンではなかなか出しづら
いが、

8画である”歩”の字の第7画目の、少の右の”ヽ”の無い字

である。ちなみに、問題の木簡は、2面に歩兵が書いてあり、一方
の面には、五角形の囲いのある、”有名な遺物”である。字体で問
題なのは、囲いが無い方の、いわば裏面の”歩兵”で、この歩兵の
歩は、まさに”歩”になっている。
 なお、言うまでも無いが、昔の出土駒の駒名の字は、多少崩して
あるケースが多く、また出土駒事体が、劣化もしているので、
はっきりしない場合も多々ある。従っていつも、歩を間違えている
とは限らないので、興福寺出土の歩兵が、当用漢字表の、歩に全て
なっているとは限らない。
 実は興福寺に限らず、他の、いろいろな時代の、歩兵駒の歩の字
は、実の所、ばらばらであって、正しい古字である場合も有るし、
崩していてはっきりしない場合も有るし、当用漢字表の元俗字の現
代版の歩でもあるというように、アトランダムに、いろいろな書体
が書いてあるのが実体と、今の所、私は認識している。特に、理由
が私には不明だが、七画目の点は、右の外に少し出すタイプが、
将棋駒では多いようだ。
 なお”歩”と言う字が当用漢字表に入ったときの、経緯について
は、株式会社新潮社発行の、佐藤隆信著書「新潮日本語漢字辞典」
(2007年)に、ざっと、経緯が載っていた。それによると、
”日本政府は、西暦1946年11月の当用漢字表では、第7画目
の無い方を選択した。しかし、1949年4月の当用漢字字体表で、
今の”歩”に字体整理された・・”となっている。
 つまり、諸橋徹次著書の大漢和辞典に書いてあるのだが、”中国
語としては、歩は誤字に近い”のだが、

旧字体も新字体も、実体は日本では、どちらも古来より使用されて
いて

日本の当時の文部省も、どちらにするかで、迷ったあげくに、たま
また、俗字の方になったというのが実体だと、言う事のようである。
ずいぶんと、権威の無い話も有ったものである。
 従って、残念ながら、

興福寺の出土木簡に、新字体で”歩兵”と書いてあっても、特に
目新しい情報は、そこには含まれない

という結果になった。この事は、

将棋の歴史よりも、漢字の方が大体は古く、字自体が、平安時代の
出土駒と、今の字とで違わなくても、その程度で驚いてはいけない

という教訓に、なる例なのかもしれないと、私には理解された。
 最後に、歩兵とは違う例で、竜王・竜馬について、報告する。
このケースは”今の当用漢字は竜だが、駒はだいたい龍だ”で、話
が通っている。たとえば、中央公論社の新書「将棋駒の世界」で、
著者の増山雅人氏は、龍王駒の説明で、その旨を記載している。
 だが詳しい漢和辞典、たとえば前出の、諸橋大漢和辞典を引くと、

龍が旧字体だとは、全く紹介されて居無い。

中国語流では、竜を含めて他の竜の字が、龍に統一されたように、
書いてあるのである。つまり、

竜は「新」字体ではなくて、龍の古字の一つ

である。そのため、竜という字は、新しくないので、

中部地方の一部の出土駒では、竜王と、竜馬という字が書かれた、
戦国時代の駒が実際に、出土している

のである。
具体的には、竜王は、江戸時代の火付け盗賊改めの頭で有名な、
長谷川平蔵の先祖である、静岡県焼津市の小川城遺跡の、中将棋の
駒の一つとされる、裏飛□(鷲か?)竜王駒、竜馬は、長野県上田
市の塩田城遺跡の、裏竜馬角行駒である。なお、両者は形が似てい
るし、駒の行き所の印点・線が入っているのも、一緒なので、竜と
いう字を使う文化に、共通のものが、長野~東海地方には、ひょっ
とするとあるのかもしれない。今の所、龍駒に竜の字を書いたのは、
私の知っている限り、この2枚だけだ。
 以上のように”新字体の出土駒”と接したときには総じて、かな
り前から、戦後の当用漢字が、わが国では知られているという事が、
往々にしてあるのではないかと、まずは、己に対してなされた、国
語教育の内容を、遺物を疑う前に、再調査してみる必要があると言
う点が、教訓として、浮かび上がって来るのである。(2018/05/08)

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