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大将棋。滅びたのは”猛虎猛牛嗔猪飛龍”配列へのこだわりのせい(長さん)

これまで本ブログでは、大将棋が普通唱導集(1300年)の時代から
振るわなくなった理由を、横行位置を実質的な焦点とする、端攻めが
定跡化し、それを改良しようとして、猛虎、猛牛、嗔猪、飛龍の4枚組
の、

鬼門の守護神駒を、減らそうとしても、陰陽道の勢力が強く、それが
出来なかったため

としてきた。しかし、最近熟慮の結果、
枚数をそのままにして、配列を猛虎猛牛嗔猪飛龍の一直線並びから、
変える事に対しても、反対者が多かったという、よりきつい理由が、真の
原因ではないかと、考えるようになってきた。判りやすく書くと、たと
えば

”猛虎猛牛嗔猪飛龍”配列を”猛虎嗔猪飛龍猛牛”配列に変えるのも、
反対が多く駄目

だったという意味である。そう考えるようになった根拠を、まず結論か
ら書くと、

”猛虎嗔猪飛龍猛牛”配列に変えると、ゲームの欠点が改善される方法
が見つかった

からである。
 では、以下に、まず”猛虎猛牛嗔猪飛龍”配列へのこだわりが、どこ
から来るのかから、説明する。これは、
普通唱導集大将棋の2段目の袖でも、右辺を見ると良く判らず、

左辺をみないとピンとこない。

つまり、2段目は普通唱導集大将棋の本ブログの推定によると、左辺か
ら、反車、飛龍、嗔猪、猛牛、猛虎、麒麟、酔象、鳳凰、猛虎、嗔猪、
猛牛、飛龍、反車と並んでいると本ブログでは見るのであるが、2番目
から5番目に着目しなければならない。つまり、
飛龍、嗔猪、猛牛、猛虎は、飛龍と嗔猪の間が、かなり空いていて、
ここが判りにくいが、方角の子・牛・虎・・の順番になっている。つま
り、龍はだいたい東南東、そこから時計回りに、かなり飛んで、猪、牛、
虎が、北北西、北北東、東北東と並んでいるのである。

つまり、恐らくこの4駒を、2段目から他の段に移すのにも、文句が
来ただろうし、そもそも、配置の順番を入れ替えるのも、NGだった
という、根拠が一応ある

という訳である。
 そこで次に、冒頭で少し述べたように、4枚組のうちの一部を、他の
段へ移動させるという事は、しないにしても、順番を変えると、
普通唱導集の大将棋で唄われていると、ここでは見る”いつもすぎる定
跡の存在”の難点が、どうやって回避されるのかを、以下に述べる。

飛龍と猛牛と嗔猪を入れ替えて、かつ猛虎、猛牛、嗔猪、飛龍の駒の動
かし方のルールを、全部以下のように変えると、普通唱導集の大将棋の
難点は一応回避されると、私は考える。

(1)猛虎を盲虎の動きに変える。
(2)飛龍を、飛車と龍王の中間だと言いくるめて、むりやり方行の動
きに、跡形もなく変えてしまう。
(3)猛牛を、後期大将棋系の、縦横2升目動きから、斜め前に走り、
前後に歩む、大局将棋の猛牛の動きに変える。
(4)嗔猪について。中将棋では猛牛とは、飛牛、奔猪でペアリングし
ていると、こじつけて、(3)の大局将棋の猛牛の動きに対応づけ、
全く別の、以下私が今回、特別に作成した動き、すなわち、”後退でき
ない摩訶大大将棋の横飛”の動き、つまり、”横行の動きに類似”にし
ていまう。

 以上の駒の動かし方のルールの”こじつけだが、口実が一応有る”変
更を、飛龍と猛牛と嗔猪を入れ替えと同時に、普通唱導集の大将棋の
2段目について行うと、結局、
もともとの横行は、”端攻め定跡における、角×2、龍馬×2攻撃に
よって、質駒化はしてしまうが、

”横行化した嗔猪”が、駒交換の後に残る。

ので、横行の代わりを、このケースは嗔猪が、引き継ぐことになり、陣
を更に、成り麒麟によっては崩せなくなる。そのため、普通唱導集で唄
われている、大将棋の定跡戦法は、このやり方でも恐らく

成立しなくなる

と、私は見る。
 さて、上記の改善方法は、何年もに亘って、試行錯誤すれば、鎌倉時
代後期の、ゲームデザイナーにも、思いつけたものだったに違いない。
 しかし、実際には、上記のような解決策が、理論上は考えられても、
実際には、大将棋は、普通唱導集の後、振るわなくなっていったはずな
のである。この事から、

方角の並びとピタリと合っていた、”猛虎猛牛嗔猪飛龍”配列へのこだ
わりが、当時の大将棋の棋士に有って、誰も配列変えに賛成しなかった

と考えなければ、大将棋が滅びた本当の理由は、正しく説明できないよ
うに、私にはだんだん思えて来たという事である。(2018/05/19)

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