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文字を持たないアイヌ。文字が無いと、何故象棋が伝わらないのか(長さん)

日本の周辺では、沖縄に琉球王国が形成されて、恐らく直ぐに、中国
シャンチーが伝来したとみられている。それ対して、日本列島の北の
縁に近いアイヌには、象棋やチェスの類の、特有の文化が有ったとい
う証拠は、今の所、まだ発見されていないようである。なお、アイヌ
民族は、元々文字を持たない文化であったと、私は聞いている。そこ
で、単純に想像されるのは、北海道が中国シャンチーと、日本の将棋
という、文字駒の将棋文化で囲まれているので、読めないので将棋が
無かったのではないかという疑いである。駒に書く文字が無いから、
象棋か将棋かを指すようには、ならなかったのだろうか。今回の論題
は、今述べた事が正しいかどうかとしよう。
 そこで回答を最初に書くと、ずばりそれは

間違いである

と私は思う。正しい回答は、

文字が無いと、書籍等の手段で”ゲームの指南書”が形成される可能
性が全く無くなるから

だと私は見る。根拠は、

立体駒でゲームをするチェス型の文化圏が、文字駒の文化圏に、押さ
れているという形跡が、ほとんど無い

からである。
たとえばモンゴルのシャタル等は、立体駒のままだし、カンボジアの
象棋(シャッツロン)も、一時期シャンチーに似た、9路配列に変わっ
たが、現在は8升目制に戻っている。なお、アイヌ文化と異なり、モ
ンゴルの場合は、モンゴル帝国の時代から、縦に線が一本入る漢字に
似た、独特の文字文化があったと聞いているし、カンボジアにも古く
から、ガンジス文明の流れで、クメール文字がある。両国とも立体
駒なのは、固有の文字が無いので、形で、駒種類を表現しているから
ではなくて、もともとの文化が、立体駒文化なだけである。つまり
自国に文字文化が無いと、伝来元のゲームが駒に書かれた、伝来元の
他国の文字が読みづらいので、真似られないため、当座”立体駒”で、
チェス型ゲームを、行いだしたとしても、文化としては永続しては、
生き残れない別の理由があるという事を、意味しているという訳であ
ろう。
 それが、回答のように”ゲームの指南書”であるという、さらにつ
っこんだ点に関する根拠を、次に示す。

アイヌには、ルールを忘れないように記載した、ルールブックが必要
な中将棋のようなゲームだけでなく、ルールとしては、より判りやす
い、囲碁も、伝わっているという話が無い

ためである。
 つまりこの事から、ルールブックを書いた”中将棋のルール”のよ
うな、文字を使った情報誌はもちろんだろうが、”囲碁の上達法”と
いった、ゲームの入門者に読まれるような、定跡が記載された、文字
情報ファイルが存在しないと、少なくとも数百年というオーダーで、
ゲームが生き残る可能性が、ほぼ無い事が、証明されるのではないか
と思う。

 つまり、入門者がそのゲームに、興味を持てる程度の内容の情報が、
文字媒体で存在し得ない所に、指し方や打ち方にコツが、ある程度あ
る囲碁や将棋やチェスが、長い年月に亘り、継続して文化として、残
るとは、かなり考えにくいと言う事

である。
 これは理由が、口伝だけでは、教師が死んでしまえば終わりだが、
文字で残っていれば、絶滅寸前だったとしても、蘇る事が可能なため
だと気がついてしまえば、直ぐに、判る事なのではないかと私は思う。
 恐らく北海道のアイヌについても、日本の中世、流れ着いた北元の
末裔から、シャタルを聞いて、自分で駒を作成し、巧みに指せる人間
が出現したという事が、あるいは有ったのかもしれない。しかし、何
人かのアイヌの仲間で、数十年かはシャタルが指されていたとしても、
その仲間がやがて年老い、亡くなってしまったために、その期間で、
シャタルを指す文化が、無くなってしまった。結局今では、アイヌに
は、チェス型のゲームを指す文化が、もともと全く無かったように、
見えているだけなのではないか。もし、一時的にモンゴル・シャタル
が旨く指せるようになったアイヌ名人が、アイヌに文字があって、
”シャタルの上達法”という内容の情報を、文字媒体として残すこと
が出来ていれば、北海道には、モンゴル・シャタルを指す文化が、
かつて有ったという事に、充分なったのであろうと、私は考えるとい
う事である。
 蛇足だが、北宋の時代にシャンチーは、北宋の北西隣の国の、西夏
国には伝来した事が、2008年に出土した遺物から判っているとい
う。ただし、北宋の北東隣の国である遼という国に、チェスやシャン
チー文化が入ってきた事が、あるのかどうかは、今の所判って居無い
ようだ。聞くところでは西夏には、西夏文字という、西夏国内で共通
の文字があると聞く。遼の方は契丹文字が標準だったが、少なくとも
女真族に征服されたりして、継続性を、やや欠いていたのであろう。
さらに、モンゴル帝国はアイヌの居住地にも攻めてきた事がある。が、
そのとき、モンゴル人と北海道に居たアイヌとの間に、文化的接触ま
であったかどうかは、私には良く判らない。
 更に別の証拠として、そもそもイスラム・シャトランジが、安定し
て古代アラブ諸国や、古代トルコ系帝国の中で指されていたのも、
ものと人間の文化史”チェス”(増川宏一著)によれば、実質的に
”イスラム・シャトランジの上達法”という内容の書籍が、統一言語
であるイスラム言語で、9世紀から、シャトランジの名人達によって、
出版され続けていたためと、書かれていたと私は記憶する。
 結局の所、チェス・将棋・象棋型ゲームというのは、民族の共通文
化として口伝でも盛んに伝承され、それも有って続いたのであろうが、

現実には、よもやの絶滅危機の氷河期に、文字で、ゲームのルールと、
指し方のコツの基本情報が残っていたのが、長い年月滅びなかった、
本当の理由だった

のではないかと、私はかなり疑っているのである。(2018/06/08)

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