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山形県城輪棚遺跡から、成り今または金一文字兵駒が出土した理由(長さん)

出土した年代はかなり以前の1979年頃の事だが、当時平安時代
末期と言われた遺物に、表題の陸奥地方の山形県出土の兵駒がある。
 今では鎌倉時代の駒とされるという話を、webで読んだ事があ
るが、当時はより古い時代の物と考えられた事もあって、歩兵では
なくて、”兵”である事が、問題になったと聞いている。将棋Ⅰの
著者の、増川宏一氏が、”中国シャンチーが日本の将棋の起源”と
言う説にとって、有利との話もあったらしく、それに反対して、
”中国シャンチーの兵駒は、もともとは卒である”等と、論じてい
たようだ。また、純粋日本文化で生まれた将棋とは、別種のもので
あるとの旨の議論も、今でも一部のwebのページには、記載され
ている。
 そこで今回の論題は、山形県城輪棚遺跡の兵駒が、歩兵ではなく
て、

兵である理由

としてみた。
 そこで本ブログの見解を、まず最初に書く。

東北の方言で”歩兵”の音が聞き取り辛かったので、歩兵を兵に
変えただけ

だと、本ブログでは考える。以下にその根拠と、説明をする。
 一番大きな、”蝦夷の象棋存在説”等の難点は、
江戸時代ころの遺跡とされる、宮城県仙台城遺跡からも、

一文字兵駒が、西暦2000年頃に出土している

という点が挙げられる。なお、この兵駒の成りは”と”で、城輪棚
遺跡とは多少の違いが有る。表の兵の字は、どちらも達筆で、良く
似ている。
 なお、私が知る限り

他の地方からは、日本の将棋の一文字兵駒は、出土していない。

以上の事から、東北地方では言葉の関係で、歩兵という駒が、使い
にくいのではないかと、まずは予想できた。
 そこで、1992年に明治書院から出版された、現代日本語方言
大辞典(平山輝男・代表編)の、東北地方の方言の概要を、調べて
みた。仙台市については、都市化して、訛りが薄まっていて、近年
では、必ずしもそうではないのだが、歩兵(ほへい)は、東北地方
の方言では、すこし時代を戻すと、総じて

短く”フォフェ”

の発音になるようだ。つまり、音として

何だか聞き取りづらい駒名

だという意味である。
 これは、ハ行の東北近世方言に、鎌倉~室町期の日本語の発音、
ファ・フィ・フ・フェ・フォが、残っていたという事と、非拍方言
と訳される、シラビーム化で、”ほへい”の”い”の字が消えるた
めという事らしい。なお、兵だけだと、

”フェー”に近い音となって、ようやく意味が判るようになる

らしい。特に後者については、私も親戚に、昔から東北人が居るの
で、”らしい”は、ほぼ余計なように思える。以上の事から、
鎌倉時代にも江戸時代にも、表題の遺跡付近には、

東北訛りのある、典型的な日本人の先祖が住んでいた

とみる。ようするに聞き取りづらくて不便だから、歩兵を兵にした
だけで、鎌倉時代に異人が居たり、中国シャンチー系を指す異文化
があったとは、少なくとも断定はできないように思う。
 以上の事から、五角形の形で、日本の将棋の特徴そのものだし、
東北の別の場所から、江戸時代の類似の駒が、今では発見されてい
る。更には、他の地方で今の所、同じような遺物の出土の例が無い
という事なので、山形県の城輪棚に、鎌倉時代に、鎌倉幕府の支配
する文化とは、別の文化が存在した可能性は、かなり薄いのではな
いかと、本ブログでは疑っているという事である。(2018/06/24)

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