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二中歴大将棋、如是一方如此行方准之の一方は各住一方中の一方か(長さん)

これまで何度か述べたが、表題の二中歴大将棋記載末尾の10文字は
難解で、解釈に定説が無い。定説では、誤写による意味不明化であり、
将棋Ⅰの増川宏一氏が、この説を取る。しかしweb内では”後手の
駒の動かし方は、先手と同じとせよ。”との見方が流布しつつある。
”明らかに、そう読めるではないか”との、将棋Ⅰへの挑戦とも取れ
る、ややいらだった主張が、webの該当の記載には、私には感じら
れるほどである。では、このweb上では有力になりつつある、

”対局者の他方のルール説”には、本当に弱点が全く無いものなのか。

これについて、今回は改めて、問題にする事にしたい。
 結論を最初に書く。
webの説は、核心的な点として、”一方”を、平安大将棋の説明部
の最初の方に出てくる、”云玉将各住一方中”の”一方”と、同じ物
を指すという、前提に基づいている。しかし、本ブログでは、二中歴
の平安大将棋の記載は、”又大将棊十三間・・・”というふうに、
”又”で始まっているので、同一筆者が、平安小将棋と平安大将棋を
続けて書いた、続いた文書と、解釈できると見る。だから、

平安小将棋部分で、歩兵の動かし方ルールを記載している、
”歩兵一方不他行”の”一方”こそが、”如是一方如此行方准之”の
”一方”と、同じ内容と考える。”先手と後手の、それぞれの一方”
の意味と見られる、”云玉将各住一方中”の”一方”とは、指してい
る物が全く別

だと考えると言う事である。従って、如是一方如此行方准之を、意訳
すると、

”後手の駒の動かし方は、先手と同じとせよ。”との類の訳は間違い

であり、如是一方如此行方准之は、

”注人は、歩兵が後ろに付いているので、実質的な動きが一方になっ
てしまう。なので、(成りが)歩兵と同じ扱いである”が正しい訳

だと、本ブログは考える。
 では、以上の点について補足説明をする。
 問題は、二中歴の将棋・大将棋では、”一方”が合計3箇所出てく
るのだが、どの”一方”が、如是一方如此行方准之の”一方”と、
内容が同じなのかが、問題だと私は思う。私が、”歩兵一方不他行”
の”一方”が、如是一方如此行方准之の”一方”と、内容が同じだと
考える理由は、

如是と不他とは強調という点で効果が同じであり、また”行”の字が
共通で現われるのは、
如是一方如此行方准之、歩兵一方不他行、云玉将各住一方中、の三者
で、前2者だけ

だという点である。なお”如是”と”如此”はほぼ同じで、二中歴で
は、一回づつ使っているが、どちらか一方へ、web辞書の文例を
見る限り、統一して良いらしい。つまりこうなるのは、

前二者だけが、駒の動かし方ルールという点で、観点が共通だからだ

という事だと私は見る。従って、

”云玉将各住一方中”でも”一方”の語が含まれるのは、単に偶然

と見てよいのではないかと、私は考える。ようするに、著者の癖だっ
たのかもしれないが”歩兵一方不他行”を”歩兵行前一目歩”などと、
表現しなかったために、如是一方如此行方准之は、歩兵一方不他行と
類似内容になった事が、判るだろうと、二中歴の筆者が、読者の読解
力を勝手に期待したのだろう。そして、准之の之(コレ)は、直前の
名詞の”歩兵”を指すのが当然のつもりで、”歩兵”の字も、1回で
済ませた。結局二中歴の筆者は、この最後の10文字前後部分には、
元からこの程度だけ、はしょって書いたのであろう。後に誤写で、更
に字が減り、完全に判らなくなってしまったようだ。つまり恐らく、

注人在中心歩兵之頂行前後如是一方如此行方准之は、
注人在中心歩兵之頂行前後如是行方一方如此成方准之の、例えば誤写
ではなかろうかと、

現時点で、私はかなりはっきりと、断定するのである。(2018/06/30)

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