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中国イスラムシャトランジ伝来時代。和名類聚抄に象棋が何故無い(長さん)

表題の和名類聚抄は、今までの私の認識では、中国の五代十国の時代
に、日本で作られた、漢和辞典の類であるとの事だった。しかし、本
ブログでは、将棋史研究家の増川宏一氏とは異なり、この時代、中国
には、中国シャンチーは未成立であるが、イスラムシャトランジは、
北部の王朝、後唐、後晋、後漢、後周等では知られており、宝応将棋
も、南唐、呉越、南漢等では、遊戯具が王室に存在する程度に、公知
だったと考えている。従って、日本の漢和辞典である和名類聚抄に、
イスラムシャトランジと宝応将棋が載って居無い理由を答えない限り、
増川宏一氏の論を否定する根拠は、乏しいと言う事になろう。そこで
今回は、

”中国には、有る程度象棋の類が有るというなら、象棋、将棋等の項
目が、和名類聚抄に全く無い理由”

を論点にしてみたい。
 そこで、最初に本ブログの見解から書く。

イスラムシャトランジおよび、宝応将棋はその当時、中国の術芸と、
中国人に見なされて居無いので、和名類聚抄に書かれなかった

と、本ブログでは考える。
 では、以上の点につき、以下に解説を加える。
 まず、この書は漢和辞典というよりは、中国国内の物品に関する、
百科辞典と、少なくとも本ブログでは見る。この点で”将棋が有った
としても、字引程度なので、将棋の項目は無い”との旨を主張してお
られると私は見る、”持駒使用の謎”の著作等で知られる、

木村義徳氏の意見には、本ブログは全く賛成できない。

本ブログの認識では、少なくとも今に残る、和名類聚抄は、

和漢三才図会や古事類苑と体裁の似た、百科辞典のカテゴリーの書

だと考える。従って、

増川宏一氏の見方、すなわち”和名類聚抄に無ければ、中国にも無い”

と疑うスタンスが、正しいと本ブログでも考える。ただし、今に残る
和名類聚抄は、10世紀の原本に、かなり加筆もされていると私は見
る。例として、術芸部・雑芸類の中に、”意銭”という項目があり、
その中に”徒然草”を紹介する部分が有るが、10世紀に吉田兼好は
生まれて居無い。
 しかし、書の項目のパターンが、この書の10世紀と14世紀頃と
で、大きく変わることは無かったのだろう。この辞書では、字の意味
ではなくて、事物の中身を記載しなければならない項目が、羅列され
ているので、増川氏の見方が正しく、

中国人の事物認識に関する百科辞典とみるべきと、ここでは考える。

 従って、中国の五代十国の時代には、イスラムシャトランジと、
宝応将棋は、中国の術芸であると、中国人に、考えられていないと
するより、辞書に無いのは、説明のしようが無いと私は思う。つま
り、この時代、中国人には、

イスラムシャトランジはたとえば、後周のゲームではなくて、大食人
の旅行者が開封等で指しているのを、良く見かける外国人のゲームで
あり、宝応将棋は、たとえば南唐のゲームではなくて、雲南の貴族国
家のゲームが、南唐王室にも紹介されたものであると見ていた

という事だと考える。なお本ブログにとって都合よく、中国人の術芸
に、これらがならなかったのは、同じく本ブログの見解では、

どちらも、後に成立する中国シャンチーに比べ、甚だしくゲーム性が
劣っていたために、五代十国時代の中国人には、嗜まれなかった

ためだと考えるのである。しかも、本ブログでは、たとえばイスラム
シャトランジがつまらないのが、

車駒のアンバランスな強さのせいである点が、中国人から伝え聞いて、
当時の和名類聚抄を読む、日本の皇族や、同じく日本の上流貴族にも、
知れ渡って、中国と日本とで、ほぼ情報が共有されていた

と考えても居るのである。だから、中国にイスラムシャトランジ等の
将棋ゲームが存在しても、日本の書籍の編者は、正しく”中国人の、
術芸のカテゴリーの事物ではない”と、判断できて、和名類聚抄には
載せないという選択が、10世紀には出来る状況だったと、本ブログ
は考えている。
 次に本ブログの見解でも、現在、中国遊戯史界に於いて、しばしば
主張される、隋王朝以前の北周の武帝の中国シャンチー創造伝説は、
和名類聚抄で消去法で選択すると、サイコロ賭博の類である、”樗蒲”
の類の発明の、誤認だと考える。なぜなら我々に言わせると、この
中国のゲーム史”伝説”が、仮に正しいとすると、他の項目のパター
ンから類推すると、

和名類聚抄には、後の将棋本では定番となった、中国シャンチーの
創始者とその”伝説”が、載って居無いとおかしい

からである。この点でも、本ブログは、増川氏の”インド・マウカリ
のカナウジで二人制チャトランガが、記録された以前といったような、
それほど早くには、中国に象棋の類は無い”との見方に賛成だ。中国
シャンチーは、優秀なゲームだったので、イスラムシャトランジの、
”すばらしく出来のよい後継”という事だけで、実は充分なのだが。

何故か、今でも中国人には”古く無いといけない”という拘りがある

ようだ。そこで、誰かが北宋代に、中国の南北朝時代の北周武帝の
”樗蒲”の類の発明を、中国シャンチーにすり変えると、それが、次々に
コピーされて、中国遊戯史界では定説になったと、本ブログも見る。

イスラムシャトランジと中国シャンチー。最下段がこれほど良く似て
いて、しかも、後者が前者の明らかな”出来のすばらしい改良品”な
のにも係わらず、中国人の遊戯史研究者の中に、その現実から素直に
出発して、論を展開する空気が、今も強いようには見えない事

は、増川氏も彼の著書で、あまりシャンチーは褒めずに”非難”して
いるが、少なくとも不思議な事であるには間違いないと、本ブログで
は見ているのである。(2018/07/21)

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