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溝口和彦氏指摘の前横斜後歩駒の欠如と布幣のネガイメージの関係(長さん)

溝口和彦氏の将棋史のブログに”左右対称型の歩み駒について、1パター
ンだけ、例の見かけない駒動かし方ルールが有る”との指摘が載っている。
具体的には表題のように、前と左右と斜め後ろの計5方向の何れかに、
歩む小駒である。前か斜め前には必ず行ける組合せで、小駒のルールを
作ると、2の5乗-2の3乗で、24通りの組合せがあるが、その中で、
今述べた組合せだけ1通りが、普通には見当たらないという指摘であった。
 実は最近になって、大阪電気通信大学の高見研究室の摩訶大将棋の
復刻作業の過程で、

溝口氏の認識が、誤りである事が発見された。

水無瀬兼成の将棋纂図部類抄で、泰将棋だけ、臥龍がその動きなのである。
大阪電気通信大学の摩訶大将棋のブログによると、臥龍の動きは、摩訶大
大将棋では、淮鶏に取り入れ、臥龍の真後ろには退けない、この動きを採
用すべきという事である。詳細は、高見研究室のブログを参照されたい。
 しかし、例外は水無瀬兼成の将棋纂図部類抄の泰将棋の臥龍だけであっ
て、たとえば将棋図式の泰将棋の臥龍は、将棋纂図部類抄の摩訶大大将棋
と同じく、後ろに後退できる。ので、

前、左、右、斜め左後ろ、斜め右後ろの5方向歩みの駒は、”ほとんど無
い”と表現を変えれば、溝口氏の指摘も依然正しい

事になる。
 ところで私はこの、前、横、斜め後ろへ点を打って、駒の動きを示した
図そのものが、美術デザインとして、中国古代の何かの遺物に、その形が
似ているのではないか、と前から思っていた。

遺物が何か聖なる物品なので、将棋駒ごときに転用できない権威があった

のが、この動きの駒が無い原因ではないかと、具体的な物品が思い出せぬ
まま、漠然と考えていたのである。
 しかし最近になって、この物品が、中国の貨幣の類であるという事に、
ふと気がついた。ずっと前に見かけた書籍の類が、何だったのかを、なん
となく、思い出したのである。
 そこで、早速調べてみると、

”布幣”の形であるのが、貨幣のカタログ本で、難なく直ぐに判った。

なお、私は知らなかったが布は、布切れの類の布ではなくて、農作業に使
う鋤の類を示しており、諸橋徹次氏の大漢和辞典を引くと、そもそも”布
という漢字自体に、貨幣の意味も有る”との事だった。
 ではこの布幣に、聖なる物品のイメージが有ったので、水無瀬の泰将棋
の臥龍以外では、この動かし方の駒が無いという理由付けで、はたして良
いのかどうかというのが、今回の論題である。結論を書くと、

明らかに今述べた、私の以前の認識は誤り

とみられる。
 では以下に、根拠となる調査経過等を述べる。
 そもそも、水無瀬兼成が自身の著書、将棋纂図部類抄の中で、この動き
を臥龍駒に当てて、摩訶大大将棋の臥龍から、後ろへ歩む動きを引いてい
るわけだから、水無瀬兼成以外の江戸時代の将棋史家には、再採用されな
かったが、”水無瀬の泰将棋の臥龍”の動きに、”忌避されるべき明解な、
故事”が無い事が、当然予想される。
 前、横、斜め後ろ歩み駒が無かったのは、摩訶大大将棋の臥龍、古猿、
蟠蛇、淮鶏の動きを、金将のひっくり返し、銀将のひっくり返し、
銅将のひっくり返し、前に行けない金将にしたら、動きがそれで足り、
前に行けない金将の動きの、更にひっくり返しである、問題の”前横斜め
後ろ歩み”のパターンが、特に必要無かったのが、主たる要因とみられる。
 他方水無瀬兼成が、その動きを泰将棋で書いたのは、水無瀬自身か、あ
るいは少なくとも支持した”泰将棋のゲームデザイナー”が、臥龍と蟠蛇
を、隣接して初期配列させたので、臥龍を表題の動きにして、蟠蛇を、
淮鶏と同じ動きのルールにすると、体裁が良かっただけの理由である。
つまり、

臥龍と蟠蛇が並んだら、臥龍の真後ろ動きは、止める事にしたくなると言
う程度の理由

で、前横斜め後ろ歩み駒は、作れる程度の存在だったのである。よって、
中国の古代貨幣の布幣に、私が空想していた”神聖性”などは、そもそも
無かったという、これは傍証だとみられる。
 更に直接的な理由は、

布幣は、古代中国の新王朝が、短期で滅んだ原因の象徴の形

と言う事が、遅ればせながら、私にも調べて判り、以上の仮説が正しい事
に納得させられたからであった。
 布幣は、前漢と後漢の間で15年しか続かなかった、新の皇帝、王莽が、
最終版として設定した物が有名な、変わった形の高額通貨である。そして、
新王朝自体の弱体化により、貨幣の流通が停滞して、経済までが混乱し、
また、使わない者をひどく罰するという、皇帝のタカ派政策が、更に裏目
に出て、王莽の処刑で新が後漢に変わる、主要因となった事で、有名な
通貨の形だと言うのである。なお、この王莽の布幣の、補助通貨だけは、
かなり流通したらしく、日本にもその出土例があるそうだ。つまり、

これは国家が滅ぶ縁起の悪い図柄

であって、前横斜め後ろ歩みの形は、いかにも危なそうな、駒の動きを
連想させると言う事に、なるらしい。そこで理由が無ければ、

無理に採用するような、駒の動かし方ルールでは無い

という事に、少なくとも平安時代頃の、日本の知識人の間ではなりそうだ。
なお安土桃山時代の”泰将棋のゲームデザイナー”は、作る駒の種類が多
かったので、上の故事を、うっかりとして忘れていたのだろう。
 私の考えていた、”前横斜め後ろ動き型の権威”は、実際には、ま逆だ
った。”布幣のような形は神聖で、他で真似のできない図形”という、私
の作ったガセネタは、私の頭の中で考えているだけで、人にその話をした
記憶が全く無いのが、せめてもの、幸いだったように感じる。(2018/08/08)

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