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晃無咎の広象棋の序。虎関師錬の異制庭訓往来で引用か(長さん)

中国の19路98枚制の、ルール内容の良く判らない広象棋は、
北宋時代に晃無咎(晃補之と同一人物)が作成した、駒数多数型の
シャンチーだとされる。他方、日本の南北朝時代、西暦1356年
頃に成立した学生用の教科書、”異制庭訓往来”には、多い将棋
として、360という数値にちなんだ、将棋が記載されており、
泰将棋に相当するとか、摩訶大大将棋に相当するとか、本ブログの
ように、晃無咎の中国の広象棋に対応する等、説がいろいろあり、
正体が良くわかって居無い。
 さいきん私は、幸田露伴の将棋雑考の口語訳を読んでいて、
晃無咎作の文献史料の中に、

”広象棋の序”と称する史料がある

事を知った。内容は題名から察するに、中国の北宋時代の、小型
の象棋(いわゆる、11路32枚制の北宋象棋、プロト・シャン
チー)の情報を含んだ、19路98枚制大型シャンチーのルール
本の、序文のようである。
 他の将棋史家には、知られていた事かもしれないが、断片的だ
が、書いてある内容を見たのは、私にとっては、前記”将棋雑考”
の口語訳が初めての事だった。
 そこで今回は、晃無咎の広象棋の序によって、何が判るのかを
論題とする。いつものように答えから、先に書く。
 ”象棋は帝王の戯である”と広象棋の序に書いてある。だか
ら”国を治めるものがそれに熟達しないと、国がどうなるかは謎”
との旨記載されている、異制庭訓往来の記載と対応しており、

晃無咎の広象棋こそが、異制庭訓往来の多い将棋と匂わせる内容

になっていると、結論される。
 では、以上の結論について、以下に説明を加える。
幸田露伴の紹介した、”晃無咎の広象棋の序”によると、そこに
は、次の2つの内容が含まれるとの事である。

一.北宋時代に指されたプロト・シャンチーは、11路32枚制
である。
二.象棋(小型のシャンチー型の象棋)は、玩具の兵隊のゲーム
であるとされ、それは黄帝の遊びで、猛獣を操って以て戦陣を作
り出すものであると、される。(以下に、象駒と象棋というゲー
ム名との関係に関する説明が有ると言う。)

これとは別に、広象棋の序から判るのかどうかは、私には不明だ
が、広象棋が、19路98枚制のゲームである事が判っている。
 上の情報のポイントは、異制庭訓往来の将棋で”多いものは、
360の月日の数に則っている”の次に出てくる、

”国を治めるものがそれに熟達しないと、国がどうなるかは謎”
と記載されている、治めている者の例として、中国四大文明時代
の黄帝も含まれるのだが、黄帝は、象棋・将棋を指す有能な王と、
表現されている

という点である。つまり、

象棋や将棋が、帝王の戯れだと、主張している点で、広象棋の序
と、虎関師錬の異制庭訓往来には共通点がある

という事である。将棋は一般には、大衆向けのゲームとされるが、

晃無咎と虎関師錬の主張では例外的に、そう言って居無いという
共通性がある

という事である。つまり、

虎関師錬は、晃無咎の”広象棋の序”を読んで、異性庭訓往来の
”将棋”の項目を作っている疑いがあるのではないか

と言う事である。
 また、晃無咎の”広象棋の序”で皇帝は猛獣を操っているとい
うのは、虎関師錬の異制庭訓往来の将棋の、”少ない駒の将棋は、
36禽の獣類の序列を象っている”という記載で、将棋や象棋で
帝王が操っているのは、一般に猛獣であると主張されている点で
も共通性がある。以上の事から、以上の解釈に誤りが無ければ、

異制庭訓往来に記載された、”多い駒の将棋”は、中国の象棋の
類である、晃無咎の広象棋と特定される可能性がある情報の一つ

と、本ブログでは見るのである。
 晃無咎筆の文献が、今まで残っているという話を、私は他所で
聞いた事が無かった。今回、中国文献に詳しい文豪の

幸田露伴の将棋雑考を、口語訳だがチェックして本当に良かった

とつくづく感じる。(2018/08/23)

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