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玄怪録岑順。将棋の駒の着手はなぜ、2手につき太鼓1鼓なのか(長さん)

今回は引き続いて玄怪録岑順物語の”駒の動かし方ルールの説明~
序盤の対局様描写”部を話題にする。駒のルール説明の後、金象将軍
と天那国の王の開始スタートの号令で、一つ太鼓が鳴り、▲口口天馬、
△口口天馬と、着手された事に、物語上なっている。つまり、
初手が▲口口天馬、二手目が△口口天馬のはずだが、描写では同時
着手のようであり、かつ太鼓の音は、1つだけである。少なくとも、
現行の日本将棋では、▲口口天馬、△口口天馬は2手と数えるので、

日本将棋の棋譜表記と、玄怪録岑順とは合って居無い。我々の感覚
だと、総手数が半分程度になる西洋チェスと、手数の数え方が同じ

である。そこで今回は、”この事から何が判るのか”を論題とする。
 結論から、いつものようにまず書く。
イスラムシャトランジのゲームの手数の数え方が、概ねそうなって
いて、(伝)牛僧儒も唐代の中国人も、イスラムシャトランジ流で
手数を数えていた証拠だと私は思う。また、現在の西洋チェス流の
手数表現の方が、日本将棋や少し前の時代の、中国シャンチーのよう
に、片方の手毎に手数を数えて、一局でチェスの約2倍の総手数程度
の表現になる数え方に比べて、

西洋チェスやイスラムシャトランジの数え方の方が、より始原的

と、推定もされる。
 では、以上の結論について以下に説明を加える。
 日本将棋については、一局内の着手数の数え方が上記の通りである
事は、自明であろう。他方、西洋チェスが先後手一組で、1手と数を
数える事も、どのゲーム本にも出ている。中国シャンチーについては、
その点で、日本でのプレーヤーが少なくやや曖昧だ。既に紹介してい
るが、

鶴書房1975年発行、「中国象棋」李木山著には、片方の1つの着
手ごとに、1手と数える旨の記載が有る。

ところが、日本人の将棋史家の自費出版書である、2000年発行、
「中国の諸将棋」岡野伸著では、玄怪録岑順物語流なのである。

どちらが実体に近いのかは実は、私には今の所良くわかって居無い。

両方有った可能性が強いが、西洋チェスの普及とともに、全体的には
日本将棋に近かった片方1着手表記型から、両者1着手づつ2着手で
1手のチェスや、恐らくイスラムシャトランジ流に、

中国シャンチーの手の数え方は、近年先祖返りしている

のかもしれない。
 ただし、唐代中期に中国では、象棋ゲームは両者1着手づつ2着手
で1手と見ていた事だけは確かであろう。しかも、

先手も後手もなく、2着手は同時であるように、物語中には記載され
ている。

当時のイスラムシャトランジでも、同時に双方2着手というゲームで
は無かった事は、そのような芸当が、後手には不可能なので明らかだ。

しかし、同時着手のように書いてある事が、実は重要

だと、本ブログでは見る。
 ゲームとしてではなくて、実合戦・戦争の際、シミュレーションを
していた参謀本部では、

双方相討ちを素過程として、戦術・戦略の合否を、実戦争の作戦戦略
本部の模型を使ったシミュレーションでは、実際に行っていた

はずだからである。つまり、

(1)動かして相手の駒を取ったら、ゲームでは別の相手の駒で
取り返して、実戦争での相討ちが置き換えられる。
(2)その際駒それぞれで動けない方向があるため、只取りになる場
合があり、特に大駒では取る手の数が増えるので、相手の駒を只取り
に出来る確率が増す

と言った、(1)(2)の着手に伴う現象は、ゲームとしての面白さ
を増やす元になった、駒の動かし方ルール上の単純化、つまり、”動
いた方が、止まった方を、重なる場合は取る。”という規則で遊戯化
した際に発生したものと、少なくとも本ブログでは推定する。それに
対して実戦争時の、参謀本部のシミュレーションでは、行軍将棋また
は、軍人将棋のように、車や象が走って行って、相手兵を倒す際は、
衝突する場合は一着手で、走る側はどちらでも兵だけ倒れる場合や、
どちらも消滅消耗する場合も、細かくあると言った、実戦争に近いよ
うに規則を、複雑に決めて、作戦を練ったに違いない。その結果

始原的シミュレーションの方がむしろ複雑なシミュレーションルール

だったに、間違いないという事になる。
 しかし後には、戦争の勝ち負けの実体と、多少乖離していても、
ゲームでは支障が無いので、動いた方が静止側を捕獲するで、単純化
して、ゲームしやすくなり、例えば北インドのマウカリ国のカナウジ
あたりで、二人制チャトランガが発生したに違いないと、私は考える。
 よって、実際の原始実戦シミュレーションでは、交戦すれば相討ち
とカウントするので、普通のチェス・象棋・将棋型ゲームで、

”取って取り返し素過程法”で、それを置き換えた際に、2着手1手
になった

のではないかと、私は考える。イスラムシャトランジもその類であり、
中国人は、唐代には、シャトランジも知っているので、玄怪録では、
冒頭に述べた表現になっているのであろう。そして、それから長い年
月が経つと、”動いた方が静止側を捕獲”は、ゲームとして確立して
しまうと当たり前になり、着手をナンバリングをしてデータベース化
し、手の良否を議論するにはむしろ、そう数えたほうが間違いが無い
ため、

日本将棋のように片側一着手で一手にして、手数番号として名前を
付ける方法が発生

したのではないか。ただし、西洋チェスは有力なゲームで、たまたま
2着手1手記法を、習慣で変えなかった。そのため、チェスが進入し
てローカルゲームに切り替わった所では、近代になると再び、

”素過程は相討ち”の大昔の歴史を残す、2着手1手表現に戻った

という歴史の流れのように、私には感じられる。
 つまり、玄怪録岑順は、2着手同時を物語上表現しているので、

将棋が、参謀本部の作戦会議で使われる、シミュレーションの小道具
の実際の使い方に近かった頃の記憶を、時代が近いために、さすがに
色濃く残している

と、冒頭に述べた結論のように、私には結論されるのである。
(2018/09/02)

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