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中国闘獣棋は、始原的意味で摩訶大将棋と関連するのか(長さん)

現代中国の特に、広東省方面で、子供もプレーしていると私
が聞くボードゲームである、表題の闘獣棋は、駒の動かし方
ルールが、鼠型、獅子虎型、その他型の3通りだが有る事
から、軍人または行軍将棋よりは、中国シャンチーや将棋、
チェス類に近いゲームと、されているようである。
 そもそも駒の種類が、象、獅子、虎、狼、豹、狗、猫、鼠
なのは、中国雲南省博物館の、”闘争動物”という、古代の
彫刻品の題材から作られたゲームとの印象を、私は強く受け
る内容である。なお、このゲームについて、作成されたのは
恐らく近代とみられ、”少なくとも50年位の歴史があるで
あろう”との未確認情報が書かれた、日本の成書も存在する。
 他方前に本ブログでは、中央アジアの文化とされる、闘争
動物に着目して造形物・彫刻品を作成する、古代の雲南省付
近の文化が、日本に伝来して、

十二支よりも動物種の種類数が多い、摩訶大将棋を作り出す
ゲームデザイン上の基盤の一つになったとの論

を展開した。そこで、闘獣棋と摩訶大将棋の少なくとも一部
の動物駒の導入について、元となる事象が同じであるならば、

闘獣棋は、類似ゲームが北宋の時代にも有って、日本の摩訶
大将棋の形成に影響していると言う事は無いのかどうか

という点が、疑問として浮かび上がって来る。そこで今回は、
以上のように、中国の現代ゲームである闘獣棋と類似宋代ゲー
ムが、摩訶大将棋形成の、一要素であるか否かを論題とする。
 まずは以上に関して、最初に答えを述べ、ついで説明を
加える。

闘獣棋そのものは存在しないが、象、獅子、虎、狼、豹、狗、
猫、鼠といった駒で構成される、将棋的なゲームは、雲南省
を中心に、中国で北宋時代に作られた事のある可能性が高い

と私は思う。すなわち、

摩訶大将棋の、十二支に必ずしも属さない動物駒の導入は、
中国古代の、今は失われたマイナー将棋を少なくとも取り入
れ、駒名称に、闘争動物種を入れるという点で、真似た可能
性が高い

と本ブログでは見る。
 では以下に、以上の結論について補足説明をする。
 恐らくだが、軍人将棋や行軍将棋は、インドチャトランガ
の形成期、インドのマウカリ国に、西暦600年~650年
頃には無いとは思う。しかしながら、その将棋黎明期の将棋
駒の使い方と、現在の軍人将棋や行軍将棋の、駒の取り合い
ルールが、やり方としては類似なのは確かなのではないかと、
私は考える。つまり時代が違っても、ゲームデザインのアイ
ディアが同じと言う事は、良く起こる事なのではないかと言
う事だ。だから同様に、闘獣棋が雲南省や、雲南博物館の闘
争動物彫刻が作られるような、中国南部の古代中央アジアの
文化の影響を受けた領域で、ずばりが無いのは確かであろう。
しかし、近年の闘獣棋を作り出したゲームデザイナーと同じ
能力のあるゲームデザイナーが、雲南省に宝応将棋があると
言う条件下で、動物駒の種類として、似たり寄ったりの将棋
を作り出す能力が、北宋王朝の時代に無いとは、私にはとて
も思えない。
 駒の格で、取れるかどうかを決めないにしても、象、獅子、
虎、狼、豹、狗、猫、鼠が、酔象、白象、猛虎、悪狼、猛豹、
力士、猫叉、老鼠の動かし方であって、あとは、チャトラン
ガのように、動かした方が、静止した駒を常に取るルールで、
宝応将棋とは別の将棋を作る事位は、西暦800年から西暦
1000年までの200年も有れば、宝応将棋を、原始平安
小将棋(酔象有り)へと変化させるのとは別に、雲南王室
内でも、そのような闘獣棋類似ゲームとして生成しそうな気
がするのである。しかも雲南には昔から、闘争動物の彫刻品
を作る能力は有るのだから、黄金ではないにしても立体駒で、
金で装飾した将棋盤を使用するのは一緒な、将棋状ゲームは
明らかに作れるはずだ。たまたまだが、上記の動物種類は
8種類であり、8升目盤が使えるだろうとも思える。
 そしてこのケースは、特に雲南省から遅くとも西暦
1400年頃までに、今のべた8種類の動物を使う将棋が
日本に伝来しなくても、

そのような話を日本人の、駒数多数将棋のゲームデザイナー
が聞きさえすれば、酔象、獅子、盲虎、悪狼、猛豹、狛犬、
猫叉、老鼠駒位なら作れる

のではないかと、私は見る。従って現物が伝来しないにして
も、闘争動物種の彫刻品文化が、中国の雲南省を中心とした、
南部地域にありさえすれば、そこから駒の格は無い闘獣棋状
のゲームは、何れ発生すると見るのが自然で、その意味では、

摩訶大将棋の要素の中に、現代中国闘獣棋の文化が有る

と言えるのではないかと、私は推定する。
 次に、現代の闘獣棋の具体的なルールを見てみると、ゲー
ム性を持たせるのにしている工夫には、

本質的に摩訶大将棋を思わせる、ゲームデザイナーなら
概ね、誰でも考えるという意味での共通性がある。

そもそも、一点目として(1)獣穴が動かないのは、摩訶大
将棋の玉将の動きが、ゲーム中一貫して事実上無いのと対応
しているように私は思う。
 次に二点目として(2)落とし穴に入った相手の駒が格付
けに関係なく、取れるようにしているのは、摩訶大将棋で、
提婆や無明の成りで、逆転が起こるようにしていような工夫
と、対応しているように思う。ただし、このケースは、この
ルールに、実手順を考える限り、大きな効果は無いと思うが。
 さらには三点目として(3)狼と豹が並んで配列している
のは、日本の後期大将棋や摩訶大将棋と、駒の相対的強さの
イメージが、誰が考えてもいっしょになるためか、配列が似
ている。
 四点目として、狗(犬)と猫を入れたので、鼠が入ったの
かもしれないが(4)鼠駒が有るのが、日本の摩訶大将棋を
連想させる主な原因になっている。
 なお、鳳凰や麒麟、蛇を入れないのは、神駒が現代の中国
の子供に、意味が理解できないためだし、鳥駒を入れないの
は、飛び駒のイメージになり、嗔猪の駒の動かし方ルールで、
概ね統一しているのと、合わないからであろう。
 また、闘獣棋のゲームデザイナーが、盤升目置きとし、交
点置きのルールにしなかったのは、広い草原の中央アジアの
ゲームの雰囲気を出すためであろう。そしてそれに反して、
円筒形の駒のままにしたのは製造時、中国シャンチーの駒の
製造ラインのままで、駒を作りやすくするためだったろうと、
私には推定される。
 そもそも、この中国現代のゲームは、駒を裏返して遊ばな
いので、軍人将棋や行軍将棋の類で無い事だけは、確かであ
る。格で駒が取れるかどうかを決めたのは、雲南で出土する
闘争動物の彫刻品の中で、弱肉強食が表現され、勝つ動物種
がほぼ決まっていたのと、ゲームルールを比較的単純化する
ための、借用だったのであろう。ちなみに、このゲームは、
獅子を象の前に立てて、相手鼠の前に繰り出してゆく、自明
の戦法が有るように、私には思われる。よって恐らくこの、
中国広東省産の将棋ゲームは、

現在でも、子供向けの遊びの範疇であって、中国シャンチー
のような高いゲーム性は無い、性質のもの

なのであろう。
 以上の事から、ゲームデザイン上で使用したモデルが恐ら
くいっしょなため、冒頭で結論したように、中国北宋期に、
雲南省を中心とした、中国南部にあったであろうマイナーゲー
ムと、着想が事実上同じの

闘獣棋の元ネタを摩訶大将棋は要素の一部として取り入れた

可能性が高いのではないかと、私は以上のように考えるので
ある。(2018/09/11)

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